パリの19区に何だかとてもアーティスティックな「こどもの家」ができたというので、近々見に行くつもりだと言うと、昼食を共にしていたマダムはこう言った。

パリが誇る新しい子供のための施設は貧しい地域にあった

 「指輪とか、イヤリングとか、はずして行かなきゃだめよ」

 そのこころは、子供を相手にするための配慮からではなく、その地区に行くからには、物盗りに気をつけて、ということなのだ。彼女が暮らすのは16区の高級住宅地。パリの中では、最も裕福な地区に当たる。

 片や話題の地区は、それとは全く対照的なエリア。日本人の私を食事に招いてくれるくらいだから、このマダムは人種差別の偏見に満ち満ちている人ではないのだが、パリの町の、いや、フランスの抱える明らかな “格差” は、こんな会話の端々にも、如実に表れる。

 La Maison des Petits(ラ・メゾン・デ・プティ=こどもの家)。その存在を知ったのは、新聞に載っていた写真からである。コンテポラリーアートの粋とでも呼びたい印象的な空間デザイン。その目的が子供のため、しかも、19区の施設だというのがさらに新鮮だった。

 ここの特異性を語るには、「こどもの家」が入っている広大なスペースをまず説明する必要があるだろう。

パリの新名所「104」

 昨年の秋に、「104(ソン・キャトル)」という施設のオープンが話題になった。これは、3万9000平方メートルの敷地の中に、アーティストの制作の場、発表の場、さらに書店やカフェ、レストランなどもあるという複合施設で、パリ市が開発したものだ。

 アート、ダンス、テアトル、写真、ビデオ、音楽・・・。とにかく様々な分野のアーティストを迎え入れ、制作の場を提供し、彼らの発表の場としての大小のエキスポジションなども常時行われており、アトリエそのものが一般の人々に公開されていたりもする。

元々は市営の葬儀屋の跡地だった

 そして、さらにユニークなのは、この場所が元々、市営の巨大な葬儀屋だったということ。ほぼ1世紀にわたって、ここで棺や墓石が作られ、霊柩車が出入りし、多い時で1400人が働いていたという。そんな歴史から大変身を遂げた建物の中に、「こどもの家」はある。

 新しいアート空間を標榜する施設の中にあるだけに、この「家」もまたさすがにアーティスティック。話題のセレクトショップなども手がけるアーティスト、マタリ・クラッセ(matali crasset)のデザインだ。

 利用条件は、0歳以上6歳未満の保護者に伴われた子供。オープン時間内なら、何時間いてもオーケー。しかも無料。訪れると、子供の名前と居住の区を告げるだけで、あとは備え付けの本や遊具を使って遊ばせたり、授乳をしたり、おやつを食べさせたり自由に過ごせる。