都内の7つの病院で受け入れを断られた妊婦が、最後に搬送された都立墨東病院で死亡するという事件が起きました。それを受けて舛添厚生労働大臣が墨東病院を視察に訪れた映像がテレビで流れていました。異例とも言える迅速な視察だと思います。やはり、国としても事の重大さを深刻に受け止めているのでしょう。

 「構造的な問題は、医師の不足」という舛添大臣の発言は正しい認識で、確かにその通りです。脳出血の妊婦が搬送された時、墨東病院には産科当直医として後期研修医が1人しかいなかったと聞きます。当直2人の体制であれば状況は違っていたのだろうと思います。研修医が1人では受け入れの判断を即座に下すのは難しいでしょう。

 その研修医は、上司であるオンコール医師(勤務時間外の待機医師)たちに連絡を取って、脳外科と帝王切開の緊急手術に対応できる受け入れ体制を整えましたが、結果的に1時間近くかかってしまいました。でも、責められるべきではないと思います。懸命にベストを尽くした結果なのです。

麻酔医でなくても麻酔はできる

 問題なのは「産婦人科の深刻な医師不足」という、個人の力ではいかんともしがたい状況です。なんとかしてこの状況を改善することはできないのでしょうか。

 ここで私は10年前の医療界を思い浮かべてみました。10年前だったら、外科医が3人いれば、「今日は君が麻酔をかけてね」と1人が麻酔医になり、他の2人が外科の手術を行うなんてことはごく日常的でした(注:外科専門医であれば麻酔科研修を受けていますので、麻酔科専門医とまではいきませんが、麻酔科標榜医並みの技術を持っています)。盲腸の手術くらいだったら、麻酔科医なしで外科医が自分で麻酔をかけて自分で手術をするなんてことも、ごく当たり前に行われていたのです。

 私は脳外科医ではありません。でも10年前ならば、私が当直している時に脳出血の方が来たらとりあえずCT(コンピューター断層撮影)で撮影して、写真の所見を電話で脳外科の先生に伝えて協議し、グリセオール点滴などの応急処置をしたことでしょう。それから必要があれば転院ということになります。私がそういう処置をしても、別に責任を問われることはなかったのです。

 今ではそんなことは、まず許されないでしょう。麻酔が十分に効かない状態で手術をしたために苦痛を与えたとして、医師が何千万円もの損害賠償を命じられる裁判がありました。麻酔科ではない医師が麻酔をかけて手術をしたなんてことが分かれば、何かあった時に大問題なのです。

 だから今は、脳出血の患者さんが来た時は、脳外科医がいないと診察することは困難です。脳外科医ではない医師が診察して、もしも患者を救えないと、医師が刑事被告人になってしまう可能性だってあるのです。

 本来、医師免許とはどの科目でも診察できるオールマイティーな免許です。ところが医療の専門化に伴って、さらには2006年の大野病院事件(福島県立大野病院産科医逮捕事件)がきっかけとなって、医師免許はオールマイティーではなくなってしまいました。