そこに前記した通り、指揮官である井端監督との距離感が加わる。前大会の侍ジャパン監督・栗山氏のように「手綱」を握ってくれる存在となり得るかは不透明であり、同じ形で機能するとは限らない。

 投げないのに投手としての調整は続く。打者として結果も求められる。さらにチームの空気も背負う――。

 これら2023年大会参戦時とは明らかに異なる“変化”が示すように次のWBCで大谷が問われるのは、打球の飛距離だけではない。大谷という「二刀流の設計図」を、代表と球団の間でどう折り合いをつけるか。その難題を、本人が一身に引き受ける構図なのである。

リスク多き綱渡り

 理屈は単純で、現場はさらに苛烈だ。

 先発として深い回を投げ、同じ試合中も打席に立ち、投げ終えた後は回復の作業が続く。翌日はまた同じようにユニホームを着用し、相手投手の球を見てスイングを仕掛ける。二刀流の負担についてメジャーリーガーの誰もが「想像もつかない」と口にするのは現実の重さの共有であり、大谷の超人性をあらためて示す言葉でもある。

 その一方で大谷は“投げることで価値が上がる”ツー・ウェイ・プレーヤー(二刀流)であると同時に、リスキーな側面として“投げることで時に打つ余力が削られ得る”選手でもある。

 このような大谷の数少ない“リスキーポイント”については米放送局MLBネットワークの看板番組「MLBトゥナイト」が2月18日(日本時間19日)に題材として取り上げ、同番組内で有識者たちが激論を繰り広げるなど話題を呼んでいた。

 いずれにせよ二刀流が神話になればなるほど、その綱渡りは可視化されていくということの証明と言っていいだろう。