「世界で通用するスケーターを育てたい」

ミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート、ペアのフリーで演技を終えた三浦と木原 写真/AP/アフロ

 例えば、愛知県は伊藤みどりや安藤美姫、浅田真央、宇野昌磨らを輩出しスケート王国として知られる。

 その源流は第二次世界大戦後の1948年、スケートの普及と発展を願う人々によって愛知県スケート連盟が設立されたことにある。それから数年後、名古屋市内にスケートリンクができると、スケートをしたいという人々が押し寄せるほどの人気となった。

 そのリンクを拠点に、山田満知子氏らが指導にあたっていた。やがて育ったのが、のちに1992年のアルベールビルオリンピックで日本人初のメダリスト、銀メダルを獲得した伊藤みどりだった。するとその姿に憧れる子どもたちが現れ、次々に選手が育っていき、スケート王国と言われるまでに至った。スケートに情熱を傾ける人たちがいて、それが発火点となったのである。

 愛知だけではない。日本男子初の世界選手権メダリストとなった佐野稔を育て、のちに羽生結弦の指導にもあたった都築章一郎氏は、佐野を育てるにあたり、引き取って住まわせた。山田満知子氏が伊藤みどりを自宅に住まわせたのと同様だ。

 都築氏は、一流を学ばせたいと費用を工面し、ロシアへ佐野を連れて行くなど尽力した。そこにあったのは、「世界で通用するスケーターを育てたい」の一念だった。

 山田氏や都築氏のように情熱を注いだ人は各地にたくさんいた。その努力があって、愛知から、大阪から、仙台から、岡山から、とさまざまな地から世界で活躍するスケーターが育っていった。

 つまり、人の情熱が始まりであった。それは他の競技でも変わりない。例えば吉田沙保里、伊調馨らレスリング女子の数々の名選手を育てた栄和人氏は、選手を育てるにあたり、私財を投じて複数のマンションの部屋を購入、選手たちの寮としたのも一例だ。あるいは高校野球や高校サッカーなど、部活にあって指導者が身銭を切って育成に力を注いだケースは数々ある。

 スケートも同様であって、しかもスケーターを育てる部分で力を注ぐばかりでなく、自らの指導力を高めるための努力も惜しまなかった。例えば教えている選手が出場していなくても、トップスケーターたちの様子を知っておきたい、今の潮流を把握しておきたいと、自費で海外の国際大会に通い続けた指導者がいる。

 こうした熱意のもとで台頭したスケーターは、最初はただ一人、つまり「点」であったかもしれない。でも各地に生まれた「点」は、互いをライバルとして意識し、あるいは大会などの交流する機会を通じて、「面」となっていった。日本スケート連盟による全国合宿もそれを後押しした。

 横に広がるとともに、先述の通り、伊藤みどりに憧れて始めた中から選手が育ったように、縦のつながりも生まれていった。

 2010年バンクーバーオリンピックで日本男子初の表彰台となる銅メダルを獲得した高橋大輔に憧れる中から次の日本代表が誕生し、浅田真央あるいは羽生結弦に憧れる中から、同じく日本代表として活躍する選手が現れた。ミラノ・コルティナオリンピックで言えば、シニアデビューを果たした今シーズン、オリンピックの切符をつかんだ中井亜美は、浅田真央に憧れてスケートを始めたこと、浅田のようにトリプルアクセルを武器にしたいと思って取り組んできたことを何度も言葉にしている。ロールモデルがいて、後進が続いたのである。

 もともと根強いファンのいる競技だが、活躍する選手が現れるとともに、関心や人気が広がっていった。するとスポンサーとして支援する企業が増えるなどした。以前からすれば資金面も充実し、それが日本代表への強化費用の拡充をもたらし、また、トップクラスに限られるが個々でもスポンサーを得る選手がいて、競技環境も向上していった。

 好成績、人気の高まり、競技環境の向上、次代の選手育成の促進——。好循環が生まれ、今日のフィギュアスケート王国へと突き進んできた。

 団体戦を皮切りとするミラノ・コルティナオリンピックでの日本の選手たちの活躍。それもまた、これからの日本フィギュアスケートへとつながっている。

 

*JBpressでの連載「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部)と、書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中。

『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』
著者:松原孝臣
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1650円(税込)
発売日:2026年1月20日

 冬季オリンピックが開催されるたびに、日本でも花形競技の一つとして存在感を高めてきたフィギュアスケート。日本人が世界のトップで戦うのが当たり前になっている現在、そこに至るまでには、長い年月にわたる、多くの人々の努力があった——。

 日本人がフィギュアスケート競技で初めて出場した1932年レークプラシッド大会から2022年北京大会までを振り返るとともに、選手たちを支えたプロフェッショナルへの取材を掲載。

 プロフェッショナルだからこそ知るスケーターのエピソード満載。

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 フィギュアスケートファンはもちろん、興味を持ち始めた方も楽しめる1冊です。

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