アイゼンハワーは、第二次大戦の勝利を得た四大兵器のひとつにジープをあげているほどで、ただ、火器を搭載していないから武器ではないという論理は、現代社会には通用しません。
また同時に実戦を経験しながら改良された兵器でないと信頼されないため、武器輸出も自国の防衛のためにも必要となりえます。現にウクライナ戦争では、ロシア・ウクライナ双方のドローンに日本の民生部品が積まれていました。
このように、現在の「防衛装備移転三原則」で限定的に移転が認められている救難・輸送・警戒・監視・掃海の「5類型」の規定は、実情にマッチしたものではなくなっています。ここは大いに改正を検討すべきだと私自身は考えています。
いずれも丁寧で慎重が議論が求められる課題
ただ、なぜこの改正が必要なのかについて、丁寧な議論を積み重ねていかないと、過去の日本の侵略戦争の悪しきイメージを世界に振りまくことになりかねません。そこは慎重さが大いに求められるところでしょう。
スパイ防止法も、兵器の共同開発が当然となった時代では、検討課題ではありますが、よほどきちんと整備しないと悪用の可能性があります。
たとえば中国でスパイ罪で拘束されている日本人と、日本でスパイ防止法で逮捕されたスパイを交換することが可能であるかのような議論がありますが、中国は、その点も考慮して、いろんな罪名をつかって実質はスパイ罪で拘束しているため、日本でスパイ防止法ができて、中国人を拘束できたとしても、逮捕された容疑が違うので、交換は不可能だというのが、先日、私が直接インタビューした中国で拘禁されていた鈴木英司氏の指摘でした。
⑥の旧姓使用の法制化、つまり夫婦別姓の否定や、⑦外国人政策の厳格化なども、外国人労働者がいないと、もはや成立しない産業を多く抱える日本としては慎重かつ共生を目的としたものでなくては意味がありません。
しかし、維新との合意書は、岩盤保守といわれる、高齢者むけの人気とりの面があり、実際に国会に上程されれば、サナ活女子は支持層から離れるでしょうし、経済界からも雇用者不足で不景気になる現実をつきつけられるのは必定です。
こう考えると、高市解散公約は、ほとんど絵に描いた餅にすぎず、賞味期限が切れる前に美味しそうなメニューをみせたにすぎないことがわかってきます。首相自身は、終盤の「逃げ」を隠すかのように憲法改正議論も持ち出してきました。若者より高齢者層を固めにきたと思われます。