会議は県連の幹事長の仕切りではじまった。私に対する厳しい意見が出る。そのうちに選対委員長だったFの苦言と詰問がはじまった。まるでこちらが何も言えないことを知っていて、挑発するようだった。いまここでは、どれだけ詰られても堪えるしかない。あの時こうだった、この時はこういう態度だった、など一方的な主張が続く。聞いていて筋の通らないことも多い。

 その中で驚かされたのは、会食を断って、今後の選対について話した時にFがそれまでの言動について「申し訳なかった」と、謝罪したことへの言及だった。

 あらためて、暴言はない、お酒の席でも怒鳴ったことはない、と言い出して、こう述べたのだった。

「あなたの受け取り方と、私の発言の真意が乖離していて、私が悪いという感覚に受け取られている」

 ハラスメントはなかったことにしたいようだ。だとしたら「選挙をやりたいんなら、カネを持って来い!」の発言はなんだったのだろうか。

党執行部が下した判断は…

 すると、その発言をずっと聞いていた参加者から別の意見が出た。どうもさっきから意見を聞いていると、感情論が先に立って、有権者を置き去りにしていないか、というものだった。

 確かに先の選挙で5万3000票余りを集めて、東海ブロックの比例復活の次点に収まっている。欠員が出れば、繰り上げ当選となる一番手だった。だとしたら、ここに集まった個人の事情ではなく、有権者の意向を優先するべきではないのか。その視点が欠けている。

 そこから会議の流れが少し変わっていった。

 そもそも、私は立憲民主党の党本部の公募に応募したものだった。同党の(当時の県連の代表の中川代議士の)仲介で諮られ、この選挙区で擁立することが決まった。そうであるならば、もう一度立憲民主党から青沼を推したい、擁立したいと、我々におろしてくるのが筋ではないのか。以前にFが語っていた理屈だった。

 その上で、出席者から意見が出た。

「決定権は党にある」

 ここで話し合って決めるのではなく、党がまず擁立するのか態度を決めてくれ、というもものだった。

 仕切り役の幹事長が、その意向を集約した。

 党に持ち帰って判断する。ただし、結論がでたからにはいろいろな思いがあるにしても素直に従ってもらう。

 出席者全員の承諾を得て、最後に私が念押しされた。

「青沼さん、よろしいですか。早急に結論は出しますが、結論には従っていただく」

 それから3日後のことだった。私の携帯電話を幹事長が鳴らした。

「党の決定を伝えます。次回の衆議院選挙では青沼さんを擁立いたしませんので」

 はい、わかりました! と歯切れ良く答えるしかなかった。理由はわからなかった。

(文中一部敬称略)

*2月7日公開予定の<【衆院選出馬顛末記5】パワハラ丸出しで私を「排除」した立憲、まるで信じられない「生活者ファースト」の美辞麗句>に続く