(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)
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 選挙が終わっても、さまざまな感情が交錯して、しばらくは興奮が冷めやらなかった。仮に当選していれば、その感情の方向性もひとつに向けられたのだろうが、敗北となるとそうもいかなかった。体力的に疲弊していることもよくわかったし、独りになりたいと思っても、まわりがそれを許さなかった。負けたら負けたで、あいさつまわりが必要になる。

 落下傘候補でこの新天地に降り立ったからには、選挙そのものが目的であって、その夢も叶わないまま過ぎ去ってしまうと次にどうしていいのか、その判断もすぐにはできなかった。その一方で、妙な達成感が湧いてくるのもわかって、それが疲労感と混ざり合うと、解放感にもつながっていった。山頂の見えない山を登り切るところまで登って、選挙という頂にたどり着いたから、あとは降るだけといった心境だっただろうか。ただ、結果を思い起こすと、納得のいくものでもなかった。

「青沼、猛追」と報じられたが及ばず

 この選挙は、自民党のパーティー券の売り上げのキックバックによる、いわゆる「裏金」問題が批判にさらされていた。

 三重県には第1区から第4区まであるが、そのうち自民党の裏金議員の候補者は第4区だけだった。ちなみに、三重県第3区は岡田克也の盤石地盤だった。

 報道によっては、善戦が伝えられていた。

『青沼氏、猛追』

 選挙戦も後半になって、そんな見出しが新聞に躍るようになった。

「選挙区では敗けても、比例復活があるのではないか」

 そんな声が私の耳にも届くようになり、党の県連も「主戦場」と位置付けていて、多くの選挙スタッフもそのつもりでいたから、想定外の敗北とも言えなくもなかった。

 結果は5万3360票を集めたが選挙区で落選。立憲民主党東海ブロックの比例復活で次点だった。比例復活当選枠6人の中に欠員が出れば、繰り上げ当選になる7番目の着順だった。そのことをよく覚悟しておくようにと、党からも伝達された。

 これが箸にも棒にもかからないような結果なら、さっさとこの地を離れて元の生活に戻ることにも戸惑いはなかっただろう。しかし、裏金問題が絡んだとは言え、有権者がそれだけ期待を寄せてくれた証でもある。