北極のグレートゲーム構図
米国:グリーンランドを「戦略的所有」したい超大国
米国の狙いは明確である。
1. レアアース確保(脱中国)
2. 北極航路の軍事・経済支配
3. ミサイル防衛ラインの強化
米国はグリーンランドを、北極圏全体の軍事・経済秩序を左右する「北極の要石」として扱っている。
この戦略的思考の背景には、太平洋と大西洋に面する超大国・米国が長年にわたり大戦略として採用してきたマハンの海洋覇権論(アルフレッド・セイヤー・マハン著「海上権力史論」1890年刊)がある。
要点を一言でまとめれば、
「米国が世界覇権を維持するには、7つの海を支配し続けなければならない」という発想である。
これまで氷に閉ざされていた北極海が温暖化によって航行可能になれば、北極海の制海権は米国にとって「新たな必須戦略」となる。
その際、北極海の要衝を押さえるためには、地理的にも軍事的にもグリーンランドを「戦略的拠点」として確保することが最も合理的である。
この戦略的文脈を踏まえれば、米国のドナルド・トランプ大統領がグリーンランドの領有を求めた動きは、米国の大戦略の延長線上にあるとみることができる。
さらに重要なのは、北極上空を通過するロシアの弾道ミサイルに対する防衛ラインとして、グリーンランドが不可欠の位置を占めている点である。
ロシアから米本土へ向かうICBM(大陸間弾道ミサイル)の最短コースは北極圏を通過するため、米国はグリーンランドのチューレ空軍基地(Thule Air Base)を中心に、早期警戒レーダー網とミサイル防衛システムを展開してきた。
このため、グリーンランドは単なる資源・航路の拠点ではなく、米本土防衛の「最前線」として機能している。
北極海の融解によってロシアの軍事行動が活発化するほど、米国にとってグリーンランドの戦略価値は一段と高まる。
中国:氷上のシルクロードと「日本列島の3海峡」
1960年代後半〜1970年代、中国とソ連はモンゴル北部〜シベリア南部の長大な国境線で対峙し、ソ連軍はモンゴルに大量駐留、中国も北方に100万人規模の兵力を配置した。
この中ソ対立の記憶は、現在の中ロ関係にも影を落としている。
表向きは「戦略的パートナーシップ」を掲げているものの、北極海沿岸のロシアが新たな潜在的対峙線として浮上しつつあるのは否定できない。
中国の習近平国家主席にとって、北極海に面したロシアのサハ共和国は資源・航路の両面で魅力的な地域であり、ロシア側も中国の「北極進出」に内心強い警戒感を抱いている。
こうした背景のもと、中国は北極圏を「氷上のシルクロード」と位置づけ、資源投資・科学調査・インフラ建設を通じて影響力を拡大してきた。
さらに、中国にとって北極海の開通は、もう一つの重大な意味を持つ。それは、日本列島の3海峡が中国の戦略的生命線となるという厳然たる現実である。
北極海から太平洋へ抜けるには、
・宗谷海峡
・津軽海峡
・対馬海峡
のいずれかを通るしかない。距離の面では日本海ルートが最短であるにもかかわらず、これら3海峡はいずれも日本の監視網の中心に位置し、
中国にとって「必ず通過が露呈してしまうチョークポイント」となる。
中国海軍・商船隊にとって、日本列島はまさに「避けて通れない壁」であり、北極海航路の開通は中国に新たな機会をもたらすと同時に、日本列島という地政学的ボトルネックの存在を、これまで以上に鮮明に浮かび上がらせる結果となっている。
視点を変えれば、この構図は日本のシーレーンにも通じる。
日本が中東からのエネルギー輸送で台湾海峡を「通らざるを得ない」のと同じように、中国もまた北極海へ向かう際には日本列島の3海峡を「避けられない」。
互いの生命線が、相手の地政学的要衝に依存しているという厳しい現実がある。
ロシア:北極海航路の「門番」から「最後の戦略空間」へ
ロシアは北極海沿岸に軍事基地を再整備し、北方航路(NSR)を国家戦略の柱に据えている。北極圏はロシアにとって、
・資源
・経済
・軍事・アイデンティティ
という3つの要素が重なる「最後の戦略空間」である。
とりわけ、軍事・アイデンティティは重要だ。これまで「氷の防壁」によって守られていた広大な北方正面が、温暖化によって開放されれば、欧州正面・中ロ陸上対峙正面に加えて新たな防衛線が出現することになる。
ロシアの戦略的なフロントは、もはやウクライナだけではない。北極圏、極東、中央アジア、そして欧州との境界線・・・そのすべてが、同時並行でロシアの国家資源を消耗させる「多重前線」となっている。
さらに北極圏は、ロシアにとって単なる戦略空間ではなく、「北方大国」としての国家アイデンティティそのものを支える象徴的領域でもある。
ゆえに北極の開放は、軍事的負荷だけでなく、ロシアが抱く「北方大国」としての自己像にも揺らぎをもたらしつつある。
特に重要なのは、北極海航路を通過する船舶の「通行権」を事実上ロシアが握っている点だ。
北極海の氷が溶けるほど、ロシアは「北極海航路の実効支配者」としての影響力を増す。さらにロシアは北極圏に、
・早期警戒レーダー
・対空ミサイル網
・原子力砕氷船隊
・北方艦隊の再強化
を進め、北極圏を「第2の防衛線」として位置づけている。
一方でロシアは中国の北極進出に対し、表向きは協力姿勢を見せつつも、内心では強い警戒感を抱いている。歴史的に中ソは、
・モンゴル北部〜シベリア南部の長大な国境線で対峙し
・ソ連軍はモンゴルに大量駐留し
・中国は北方に100万人規模の兵力を配置していた。
この「中ソ対立」の記憶は、現在の中ロ関係にも残っている。
北極海沿岸のサハ共和国に中国が関心を示すほど、ロシアは「北極圏の中国化」を恐れ、協力と牽制が同時に進む「微妙な関係」が続いている。
EU(デンマーク):主権防衛と資源確保の「静かな攻防」
デンマークとEUは、米国によるグリーンランドの「戦略的所有」論に強く反発している。
グリーンランドはデンマーク王国の自治領であり、主権の維持は譲れない一線である。デンマークにとってグリーンランドは、
・レアアース
・鉱物資源
・漁業資源
・北極海航路のゲートウェイ
という資源の宝庫・地政学上の重要拠点であり、米国・中国・ロシアの思惑が交錯する中で、主権防衛と資源確保が最優先課題となっている。EUもまた、
・北極圏の環境保護
・資源管理
・海洋法秩序の維持
を掲げつつ、実際には「北極圏への影響力確保」を狙っている。特にデンマークは、米国の軍事的存在を必要としながらも、「グリーンランドは売り物ではない」という立場を明確にし、米中ロの「北極争奪戦」の中で、小国ながら巧みにバランスを取っている。