中村彝《牛乳瓶のある静物》1912年頃 油彩/カンヴァス 33.7×45.7cm 株式会社中村屋 ©上野則宏
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(ライター、構成作家:川岸 徹)

明治時代末期から新しいアートを志す若き芸術家が集まり、才能を開花させた街・新宿。1976年にオープンしたSOMPO美術館では開館50周年を記念し、新宿をテーマにした展覧会「開館50周年記念 モダンアートの街・新宿」を開催。中村彝、佐伯祐三、松本竣介、阿部展也、宮脇愛子ら、新宿ゆかりの芸術家を紹介している。

若き芸術家を支援した“新宿中村屋”

 20世紀初頭、明治時代末期の新宿には新進的な芸術家が集まり、街はモダンアート(近代美術)発展の大きな拠点となった。その中心地としての役割を担ったのが「中村屋」だ。中村屋とは、現在も“新宿中村屋”の呼び名で親しまれ、パンやカレーなどが人気を集める、あの中村屋。ちなみに1904(明治37)年に日本で初めてクリームパンを製造・販売したのも中村屋である。

 中村屋を創業したのは相馬愛蔵・黒光夫妻。1901(明治34)年に東京・本郷でパン屋「中村屋」を開業し、1909(明治42)年に新宿(淀橋町角筈)に移転。相馬夫妻は中村屋を切り盛りしながら、芸術・文化に深い理解を示し、数多くの若き芸術家を支援した。愛蔵と同郷の彫刻家・荻原守衛(碌山)をはじめ、戸張孤雁、高村光太郎、中村彝、中原悌二郎、鶴田吾郎……。中村屋は後に“中村屋サロン”と称される芸術家たちの交流の場となった。

近代日本を代表する洋画家・中村彝

中村彝 《頭蓋骨を持てる自画像》 1923年 油彩/カンヴァス 101.0×71.0cm 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館

“中村屋サロン”の芸術家の中でも、相馬家とひときわ深い関係を築いたのが画家・中村彝(なかむら・つね)だ。彝は1911(明治44)年に中村屋裏のアトリエに暮らし始め、相馬家と家族ぐるみの付き合いをした。当時、新進洋画家として画壇でも注目を集めていた彝は、相馬家の子供たちをモデルに作品を制作。特に長女・俊子をモデルにした絵画が多い。

 俊子は裸体になるなどして献身的にモデルを務めるとともに、呼吸器疾患に苦しむ彝を親身になって看病。日に日に親密さが増し、ついには恋愛関係に発展した。だが、相馬夫妻は二人の仲を許さない。相馬夫妻はいくら芸術のためとはいえ、愛娘の裸体を描き、その作品を文展に出品する彝に反感を抱いた。しかも、相手は肺病を患い喀血が続いている病人。次第に夫妻は俊子が彝に接近するのを妨げるようになったという。二人の恋は破局を迎え、彝は中村屋のアトリエを離れて、1916(大正5)年に新宿・下落合にアトリエ付き住居を新築した。