黒海で行動の自由を奪われたロシア艦隊
ロシアのウクライナ侵攻が始まった約2か月後の2022年4月、ロシア黒海艦隊の旗艦であった巡洋艦「モスクワ」が、ウクライナ軍の「ネプチューン」対艦ミサイルの攻撃を受け撃沈されたのは記憶に新しい。
その後、ウクライナ軍は、国産の自爆型無人水上艇「マグラV5」や長距離対艦ミサイルを駆使した攻撃を行い、大型揚陸艦「ツェーザリ・クニコフ」(2024年2月撃沈)や哨戒艦「セルゲイ・コトフ」(2024年3月撃沈)など、ロシア艦隊は多数の艦艇を喪失した。
そのためロシア艦隊は、黒海艦隊司令部のあるクリミア半島セヴァストポリから一部の艦艇をノヴォロシースクなど他の港へ移動せざるを得ない状況に追い込まれた。
これにより、ロシア軍は黒海北部および中西部における制海権や航空優勢を維持することが困難になっている。
米国の有力研究機関である戦略予算評価センター(CSBA)の所長アンドリュー・クレピネビィッチ氏(当時)は、その論考「成熟した精密攻撃態勢下での海洋覇権」(“Maritime Competition In A Mature Precision-Strike Regime”、2015年)で、次のように喝破していた。
●ミサイルが有効射程を伸ばし精密度を上げ、センサー類の感度が向上し艦艇に隠れる場所がなくなってきた。空母から反撃できないほどの長距離から空母を狙う巡航ミサイルを潜在敵国が発射できる。
現時点でも空母は大きな目標にすぎず、水上艦艇には大きな役割は期待できない。もはや海は広い舞台ではない。海戦も大きく変わる。
●第2次大戦ではミッドウェイで日米が空母部隊の索敵に広い太平洋で苦労した。地中海では枢軸側と連合国側の艦艇は簡単に発見され、陸上基地からの(航空機による)爆撃で大損害を受けた。現在の技術で太平洋は地中海の大きさに縮小されるといってよい。
●「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」地帯が大洋に広がり、アクセス不可能な領土や海域が増え、双方にとってこの地帯では深刻な損害を覚悟しなければならなくなる。
海洋の大部分が事実上通行不可能な危険地帯になる。一番簡単なのは現地派遣をあきらめることだ。
●最終的に米軍部隊は(中国大陸に)接近せざるを得ない。ただし敵が長距離兵器を使い切った場合、あるいは我が敵の長距離兵器を制圧・弱体化した場合に限るが。 (以上、括弧は筆者)
このクレピネビィッチ氏の指摘が、中国の新型ASBMの展開によって、黒海で見られるように、いまインド太平洋で現実問題として表面化しているのだ。
この地域には、米第7艦隊と日本など同盟国の海軍部隊の大半が駐留している。米西海岸にはカリフォルニア州サンディエゴを拠点とする第3艦隊が展開しており、DF-27による影響は避けられない。
DF-27をはじめとする中国軍のASBMは、インド太平洋の大部分の水上艦艇にとって強力な脅威となり、その行動は大きく制約される可能性が高まった。
中でもDF-27が、米国と中国の間の「海軍力のバランスを劇的に変える」ゲームチェンジャーの役割を果たそうとしているとき、米国や日本などの同盟国は困難とされるその脅威にどのように対処すればよいのだろうか。