香港の高層マンション火災で多くの犠牲者が出た理由

香港の高層マンション火災(2025年11月26日)©Vernon Yuen/Nexpher via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

 香港の宏福苑(ワン・フー・コート)は、隣接した31階建ての高層マンション8棟からなる分譲集合住宅でした。各棟248戸、合計1984戸が入居し、約4600人が住んでいました。佐賀関田中地区の約24倍もの人口です。ただし、白昼の火災でしたので、外出していた人も多かったと思われます。

【図表3】火災前日の宏福苑(ワン・フー・コート)
全棟が外壁工事用の緑色の防護ネットで覆われている

 佐賀関がまだ燃え続けている11月26日の14時51分(香港時間)頃、宏福苑の1棟の低層階外壁側で出火しました。当時宏福苑では8棟すべてで外壁の補修工事をおこなっており、各棟の周囲には屋上まで、香港の伝統である竹の足場が組まれ、足下にはシートが敷かれていました。そして、足場の外側は防護ネットで覆われ、窓にはガラス保護のために発泡スチロールが貼られていました。

 最初の火が出てから、炎は瞬く間に上層階を包み込み、同時に隣の棟からさらに隣の棟へと燃え移りました。そして、約44時間後の28日10時18分に鎮火したときには、7棟が黒焦げになりました。下から上へ向かっての火の回りの速さは、マンション火災の最も恐ろしいところです。逃げ場を失った多くの人が犠牲になりました。

 また、佐賀関のケースとは別の理由で消火活動が円滑に進まなかったことも、人的被害を大きくしました。佐賀関の火災では細い路地が消防車の進入を阻みましたが、香港では高層マンションの上層階まで放水が届かなかったり、燃え盛る建物上部や足場からの落下物が消防隊の接近を阻むといったことがありました。

 香港当局の発表によれば、12月20日現在で、この火災による死者は161人(消防士1人を含む)、負傷者79人という大惨事になりました。住民の高齢化率が約4割とされていましたが、犠牲者の年齢は1歳から97歳までと全世代に及んでいます。

 詳しい出火原因はまだ調査中(12月15日現在)ですが、そもそも竹製の足場が火災を招いたとか、防護ネットが防火基準を満たしていなかったとか、燃えやすい発泡スチロールが火災を助長したとかなど、工事資材が不適切だったという批判が起こっています。

 また、火災警報器が機能しなかったとの証言があり、この件も含めて、工事関係者などからすでに逮捕者も出ました。宏福苑は1983年に建てられた築42年の古いマンションであり、そのために外壁工事がなされていたのですが、防火対策が貧弱だったり、老朽化していたりしたことも考えられます。

 それに加えて、実は、香港では高層建築物であっても、住戸にはスプリンクラーの設置が義務づけられていないのです。古いマンションの宏福苑には当然ありませんでした。スプリンクラーの設置義務については過去に検討されたこともあるようですが、今回議論が再燃しています。

 ところで、火災の初期映像を見ると、外壁と防護ネットの間をすさまじい勢いで炎が立ち昇っていく様子が見て取れます。これは「煙突効果」によって火が勢いを増している状態そのもので、上層階に向かって急速に延焼が進んだ原因となったはずです。

 煙突は、下部で物を燃やすなどして温められた空気や排ガスが膨張して上昇し、上端から大気中に放出されると同時に、下部には新鮮な空気が取り込まれて燃焼を助ける役目をします。これが煙突効果で、戸建てでも暖炉を備えている家なら煙突があるかもしれません。

 しかし、煙突のない一般のマンションやオフィスビルであっても、煙突効果が非常に起こりやすい構造になっています。火災時に煙突効果が起きるのはエレベータ・シャフト(上下する通路)や屋内の階段などです。これらの細長い筒状の空間の上部に開いた扉や隙間があれば、下層階で火災が発生したとき煙突と同じはたらきをするのです。

 では、建物の外部で火が出たとされる宏福苑の火災で、なぜ煙突効果が表れたのでしょうか。それは外壁と防護ネットにはさまれた空間です。完全な煙突構造ではないにしろ、その空間を伝わって、空気や排ガスとともに熱と炎が勢いよく昇り、瞬く間に垂直に延焼していったのです。