研究費執行の「自由」とは何か?
そこで、「研究者が自由に使える」部分の実態がどういうものか説明しましょう。
共同研究などで、あらかじめ「○○機器一式購入、2億6000万円」といった使途が確定している予算は「研究者が自由に使える」わけではない経理の典型です。
これに対して「研究者が自由に使える」とは、あくまで大学の厳密な出納ルールの中で、物品費に使っても、人件費に使っても、旅費に使ってもよい、その裁量が「自由」ということです。
例えば先月、私の研究室ではパソコンが3台、同時に壊れました。それらを修理に出すと同時に、仕方なく新しくもう1台、型落ちの安いPCを購入しました。
このようなことは「あらかじめ予定に入れておく」ことが不可能です。
あるいは旅費を事前に計上していても、航空券の値段が上がったり下がったりするのは日常的です。
さらに新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際には、動くことができなくなりましたので、旅費として計上していた予算を、ほぼすべて別の費目に変更して、遠隔の共同研究で当初の目的を達するよう様々な工夫を凝らさざるを得ませんでした。
こうしたことを「研究者が(財務規律の範囲内で、費目などに関して)自由に使える」といっているものです。
こうした「自由に使える」お金も、会計検査院ルールで厳密にチェックされているので、不正の温床になるようなものではありません。
これがあるから「業者との癒着の温床になっている」とまで書くのは、あまりに乱暴ではないでしょうか。
本件の最大の問題は「奨学寄附金」や「その執行の自由」などには全く関係がないのです。
大学、あるいは大学病院として「別途の予算を執行する権限」を持つ人間が便宜を図り、薬剤や機材など特定企業製品を大学が買い入れるよう斡旋やテコ入れをする約束でその見返りとしてお金を受け取るという「収賄」構造が犯罪なのであって、その他のこととないまぜにしてしまうと、物事の本質を見失います。
予算執行官としての権限濫用が問題の本質
今回の本学(東京大学)での事案は、医師として病院内で使用する機材や機器の選定、購入の決定などに「便宜を図った」こと。そしてその「見返り」として金員が流れたことが問題なのです。
警視庁捜査2課によると、東大病院の救急・集中治療科の男性医師(53)は2021年9月と2023年1月、医療機器メーカー日本エム・ディ・エム(東京都新宿区)が扱う大腿骨のインプラントの使用について便宜を図る趣旨で、同社側に現金計80万円を東京大学に奨学寄附金として寄付させ、そこから大学の管理費を除いた「計約70万円相当」を得たことが収賄にあたると判断した、というもの。
予算の執行官が「便宜供与」目的で業者から金員を受け取れば、当然それは「収賄」ですから、再発防止を徹底する必要があります。しかし問題は「奨学寄附金」の制度そのものには全く関係がありません。