「高市発言」は絶妙のタイミング
交渉の達人、トランプとしては、台湾に関して言質をとられないようにしつつ、習近平に多少のリップサービスをしただろう。実際、すぐに高市に電話をかけ、習近平がこんなこと言っていたよ、と伝え、もう少し穏便に頼むよ、といった程度のニュアンスでトランプのメンツを立ててくれるように頼んだかもしれない。
だがWSJの記事にもあるように、高市に発言撤回の圧力をかけた形跡はない。つまりトランプの発言は習近平からの泣き言を受けて、一応形だけは対応した、という程度のものだ、と私は見ている
そして改めて高市発言は、絶妙かつ奇跡的なタイミングで行われたと気づくのだ。日本の外交は、これまで米国への追従と中国への忖度のバランスの中で行われてきた。中国は自ら好き勝手にレッドライン、ボトムラインを設定し、それを越えてきたら、経済的軍事的圧力をかけると一方的に恫喝してきた。
今回も王毅外相が23日、「(高市首相は)越えてはならないレッドラインを越えてきた」と恫喝した。今回の高市発言は、初めて、日本側が中国に忖度せず、中国に対し、越えてはならないレッドラインを示したのだ。つまり台湾海峡の海上封鎖、そして戦艦を出動する戦争行為。それを中国が行ったら、それは日本にとって存立危機事態である。だが、中国はそのラインを越えなければいい、という日本からの基準を決めたのだ。
そして、日本は今回、米国追従型ではない外交判断をした。トランプが習近平との交渉のために「台湾問題」にあえて言及していない状況で、高市は日中首脳会談でも、そして国会答弁でもはっきりと台湾問題に関しての日本の立場を説明した。それはひょっとすると、トランプにとってはちょっと都合が悪いかもしれないが、その行動を容認したわけだ。
この日本外交の劇的な変化は、今だからこそ可能であった。トランプは強いリーダーだが国内支持率は落ち込んでおり内政にてこずっている。習近平は十年に及ぶ軍制改革、機構改革、反腐敗、人事、経済政策のすべてにおいて失敗し、経済は低迷、軍は動揺、官僚界は萎縮して機能不全状態だ。
ある意味、米中がレームダック状態だからこそ、日本憲政史上初の女性首相が極めて高い支持率を背景に、日本の国益を米中に忖度なく発言できる。
これは習近平の言うところの「百年に一度の世界の変局」において、国際社会の枠組みを再構築するとき、日本にもその新たな秩序とルール作りに主導的に参加できる実力がある、というシグナルを国際社会に発信したといえる。
ただ、一つだけ、日本が注意すべきことがある。日中関係が悪化することは、実は米国にとってそう都合の悪いことではない。ナンバー1を維持するためにナンバー2とナンバー3を相互牽制させるのはセオリーだ。日本が今のところナンバー3で、しかも女性リーダーであり、家父長的なトランプ政権が中国以上に脅威に感じる要素はない。
だが、日本はかつて米国からナンバー1を奪う脅威とみなされ、徹底的に潰された歴史がある。その教訓を気にかけながら、米国追従、忖度中国の古い日本外交から脱却してほしい。
福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。
