撮影/西股 総生(以下同)
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回は「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城で特に見るべき石垣を紹介します。
築造技術も円熟味を帯びた家光期以降
11月7日掲載の「近世城郭石垣の総合カタログ・江戸城(前編)(後編)」でも述べたように、天下普請で築かれた江戸城の石垣には、その時代ごとの最高の技術が込められている。とくに家光期以降ともなると築造技術も円熟味を帯びて、巨石を思う存分に用いた、どっしりとした重量感のある石垣をたたみあげるようになってくる。
しかも、差し迫った軍事的緊張もないから、手間暇かけてじっくり丁寧に整形した石を、みっちりと積み上げることができる。ただでさえ堅牢な石垣に、「見映え」が求められるようになってくるのだ。
北の丸・田安門の石垣。切込ハギ・布積の技法でていねいに積まれている
もともと江戸城の石垣に多く使われていたのは、伊豆石と呼ばれる伊豆半島産の安山岩だったが、家光期以降は瀬戸内産の花崗岩が加わるようになる。黒っぽくゴツゴツした伊豆石から、白っぽい瀬戸内産花崗岩への転換は、武断政治から文治政治への転換を反映しているようにも見える。
瀬戸内産の花崗岩を切込ハギ・布積で積んだ天守台の石垣。算木積(右側)から平積に移行する部分の丹念さに唸らされる
これを、切込ハギ・布積の技法で積み上げれば、整然とした白い石垣になる。おそらく、中国やヨーロッパのような大陸の強国なら、そうした美しさを全面的に追求したに違いない。けれども江戸の日本人は、そんなペカっとした石垣をよしとはしなかった。
安山岩でも花崗岩でも、色調は必ずしも一様ではない。そこで、同じ色の石を探して揃えさせるのではなく、あえて少しずつ色の違う石を組み合わせるのだ。しかも、あえて切込ハギ・乱積の技法で積み上げるのである。
外桜田門の石垣。材質の異なる石を切込ハギ・乱積の技法でパッチワークのように積んでいる
江戸城に足を運んで現物を見れば直ちに実感できることだが、整然とした切込ハギ・布積より、切込ハギ・乱積の方がはるかに手間がかかる。切込ハギ・布積なら、石を切り出す段階で規格化を徹底させればよいわけで、極端にいえばマニュアル的に石材を揃えて積む作業になる。しかし切込ハギ・乱積となると、サイズも形状も石質もマチマチな石を、普請現場で一つずつ丁寧に整形して擦り合わせなければならない。
小天守台の角部分。算木積にした隅石の傾斜を天端石でピッタリ水平に揃えてある。いい仕事、してますねえ
武士・大名も石工職人たちも、江戸の人々はそこに「美」を見出したわけで、この感覚は和服のデザインや浮世絵などに見られる「粋」と通じるものがある。昨今はインバウンドで、江戸城にも大勢の外国人が訪れているが、こうした江戸文化の独自性という観点から城をきちんと説明できるガイドもいなければ、コンテンツも乏しいのが「クールジャパン」のお寒いところだ。
二の丸銅門の石垣。ね? アートでしょ?
そんな江戸文化を感じさせる「粋」な石垣の最たるものが、「江戸切り」と呼ばれる技法だろう。これは、一つ一つの石にアールをつけた面取りを施して積み上げる技法で、わかりやすくたとえると、石垣の表面がLOOKチョコみたいになる(わかりますよね、LOOKチョコ)。
江戸切が美しい平川門の石垣。ね?LOOKチョコでしょ?
ただ、江戸切りの石を積み上げただけだと、石垣の角の所がまるっとなってカッコ悪い。そこで、角の稜線を際立たせるために、わざわざ凸のモールド線を削り出すという念の入れようだ。江戸切りの技法は城内のあちこちで見ることができるが、平川門の石垣は中でも白眉といってよい。
平川門石垣の角部分。シューっと筋を通して、職人のこだわりを感じさせる
城好きの人の中には、打込ハギの石垣は変化があって面白いけれど、切込ハギはのぺっとしてつまらない、という人が多い。わかってほしいんだなあ、江戸の「粋」を。いっぺん、江戸城の石垣とじっくり向き合ってみたまえ。随所に遊び心の込められた「粋」と「美」に圧倒されるから。
以下、典型的なアート石垣の写真を何枚か掲げておくので、お楽しみあれ。日本最高峰の城である江戸城は、石垣のアートミュージアムでもあるのだ。もちろん、他にもアート石垣はいくらでも見つけられるので、皆さんも探しながら歩いてみてはいかがだろうか。
同じく平川門の石垣。材質・色調の違う石を、こう組み合わせるか!
田安門の石垣。縦にシュパッ・シュパッ・シュパッと
大手三之門の石垣。何もそこまで三角にしなくても…
職人は間詰にもこだわり尽くす。いい仕事、してます
大手三之門の石垣。ここまでくると、もはやウケ狙い








