大相撲九州場所、優勝決定戦で横綱・豊昇龍(右)を送り投げで破った安青錦=福岡国際センター(写真:共同通信社)
千秋楽の福岡国際センターは、まるで歴史の転換点を目撃する舞台のようだった。本割で大関琴桜を突き破り、優勝決定戦で横綱豊昇龍の懐へ臆せず飛び込んだ21歳の関脇安青錦(あおにしき、安治川部屋=本名ダニーロ・ヤブグシシン)。12勝3敗での初優勝、大関昇進も確実――。
だが、その事実以上に、土俵上に現れたのは“若き才能”ではなく、ウクライナという国、戦争を経験した世代、そして日本の伝統文化が交錯する象徴そのものだった。
長いリーチと筋力に頼らない「日本型の相撲」を追求
初土俵からわずか14場所――。尊富士に次ぐ史上2位のスピード優勝となった。年6場所制下では、あの白鵬に迫る「年少V」。記録の羅列だけでは、この衝撃の深度は到底測れない。その背景には「能力の早熟」という言葉では片づけられない軌跡がある。
安青錦ことダニーロ・ヤブグシシンはウクライナ中部ビンニツァで育った。格闘技が生活と密接した土地で、レスリングで鍛えた体幹に加え、7歳のころから相撲にも親しんだ。
日本の取組映像を食い入るように見つめ、特に貴乃花と朝青龍が全身でぶつかり合った2002年九月場所の一番は、少年の胸に「いつか日本の土俵に立ちたい」という強烈な衝動を刻んだ。
その後も相撲とレスリングを両立しながら、多くの指導者に「驚異的な足腰の強さがある」と評されてきた。レスリング仕込みの低い姿勢から一気に圧をかける攻撃は、相撲にもそのまま応用できる「唯一無二の武器」となっていた。
実際、今場所の数多くの白星も、この「低い立ち合い」から始まっている。相手の懐に素早く潜り込み、腰の位置を決して高くしないまま相手を前へ押し切る――。その戦い方は外国出身力士としては極めて珍しい。
長いリーチと筋力に頼らず、むしろ“日本型の相撲”を徹底して学び取った姿勢は、周囲の評価を大きく変えていった。
大相撲九州場所千秋楽、本割で琴桜と対戦した安青錦。内無双で破って豊昇龍との優勝決定戦に臨むことに(写真:共同通信社)

