トルーマン元大統領は草葉の陰から今の米国をどのように見ているのだろうか(撮影日1945年、写真:GRANGER.COM/アフロ)
(英エコノミスト誌 2025年11月22日号)
ルールの緩みと汚職の容認が行き着く先
大統領を退任する時、ハリー・トルーマンの目の前には裕福になるチャンスがいくつもあった。彼はそれらを退けた。
「大統領府の威信と威厳を金もうけに利用するような取引には、それがどれほど立派なものであろうと手を貸すわけにはいかなかった」と言った。
2発の原子爆弾の投下を命じた男はその後、自身の回顧録の印税と陸軍の年金(今日の貨幣価値で月1350ドル)で暮らした。
なんとおめでたい人だろう。
もし彼が21世紀に大統領になっていたら、今ごろは謝礼をもらえる講演にプライベートジェットで出向き、自分の財団への寄付を外国政府に請い求め、自分の娘が企業の取締役に就任したりかつての自分の部下がロビイング事務所を経営したりするのを見守ったかもしれない。
大統領はその時代の道徳観を反映する。自ら定めたルールに従ったトルーマンの本能は、1950年代の米国特有なものだった。
では、2025年の米国のルールとは何か。
特別な取り計らいを求める国から大統領がボーイング747型機を受け取り、また別の国から時価13万ドル相当の金の延べ棒を受け取り、その家族が暗号資産事業に乗り出して外国政府と提携している時代のルールとは何なのだろうか。
大統領の機嫌を取ることが肝心な時代
米国は今、「何でもありの時代」にある。ドナルド・トランプ大統領から始まったわけではないが、そのテンポを上げ、かつてほかの人々を押しとどめたタガを外したのはこの大統領だ。
政治的に守られていれば、ルールを避けてもとがめられない。
自分の確定申告が精査されることはないと分かっていれば、富裕層は枕を高くして眠れるかもしれない。汚職が疑われる政治家たちを司法省は不起訴にしている。
公的機関の高潔さを守る司法省内の部署は骨抜きにされた。ウォーターゲート事件後の政府改革の一環として制定された海外腐敗行為防止法(FCPA)が事実上棚上げされているからだ。
大統領が自分に献金した支援者や親類縁者に恩赦を与えることは以前にもあったが、退任間近になってからしか行わないのが常だった。
トランプ氏の場合は違う。
今年就任したこの大統領から寛大な措置を受けた人のなかには、マネーロンダリング(資金洗浄)の罪で投獄されていた暗号資産業界の大物や、大統領の政治運動に100万ドル寄付した人物の息子などが含まれている。
政権の2期目に入ってから大統領の一族が富を得ている様子をトルーマンが見たら仰天しただろうが、30兆ドルの経済規模を誇る米国においては大したことではない。
問題なのは関税、輸出規制、企業の合併であり、これらの分野においてはトランプ氏の権力と個性ゆえに、同氏のご機嫌を取ることが企業経営者の受託者義務のようになっている。
ホワイトハウス東館(イーストウイング)がかつてあった場所に新たに作られる舞踏会場への寄付者のリストには、政府から請け負う事業を本業とする企業や、規制当局に合併の承認を求めている企業が名を連ねている。