経済データが示す「AIリストラ」の実態
各企業の発表とは異なり、AIが大規模な失業を直ちに引き起こしているという客観的な証拠は乏しいという。
米エール大学のバジェット・ラボが10月に公表した報告書では、2022年のChat(チャット)GPT登場以降、米国の労働市場はAI自動化による大きな混乱を経験していないと結論づけた。
米ニューヨーク連銀が9月に公表した調査結果でも、企業のAI利用は進んでいるものの、それが「雇用の大幅な減少にはつながっていない」ことが示された。
同調査によれば、過去半年間にAIを理由に人員を解雇したサービス業の企業はわずか1%。むしろ、35%の企業がAIを従業員の再教育に活用し、11%は結果的に採用を増やしていた。
このデータは、企業が人員削減の理由としてAIを前面に押し出すことと、実際のAIの使われ方との間に乖離がある可能性を示唆している。
その一方で、この複雑な状況を象徴するのが、クラーナCEO(最高経営責任者)の発言だ。
同氏はSNS上で「AIによる解雇はゼロ」だとし、直接的な人員削減を否定するものの、「主にAIが理由で」2023年以降の新規採用を事実上停止したと説明。
AIの影響が、既存従業員の解雇ではなく、雇用の入り口を狭めるという形で現れている実態を浮き彫りにした。
浮かび上がる「経験格差」という課題
こうした一連の動きは、この夏にスタンフォード大学の研究チームが警鐘を鳴らした、AIが若年層の雇用に与える影響という大きな文脈の中で捉える必要がある。
研究チームの論文「炭鉱のカナリアか?― AIが雇用に与える最近の影響に関する6つの事実」では、給与記録の分析から、AIの影響を受けやすい職種で若年労働者の雇用が顕著に減少している実態が初めて示された。
AIが得意とするのは、体系化された知識(形式知)の代替であり、経験の浅い若者はAIとの競争にさらされやすい。
今回の企業による「AIリストラ」の発表や、クラーナのような新規採用の抑制は、まさにこのキャリアの出発点となる初級職(エントリーレベル・ジョブ)が失われつつある現状を裏付けている。
目先の大規模な「AIリストラ」は起きていないかもしれない。しかし、若年層が実務経験を積む機会が奪われることによる、将来的な「経験格差」の拡大こそが、より深刻な課題として残る。
AIを人員削減の口実とすることが従業員の不信感や恐怖を煽る一方で、水面下では若者のキャリア形成の機会が静かに失われていく。
この構造的な変化に対し、企業や社会がどう向き合い、新たな人材育成の道筋を示すことができるか、本格的な議論が求められている。
(参考・関連記事)「AIが若者の雇用を揺るがす―スタンフォード大が大規模データで実証、キャリア形成に新たな課題 | JBpress (ジェイビープレス)」