オフィス回帰の流れは本当に正しいのか?(写真:years/イメージマート)
目次

(河田 皓史:みずほリサーチ&テクノロジーズ チーフグローバルエコノミスト)

 コロナ禍を契機に広がったリモートワークは、ここ1年ほどで大きな転換点を迎えている。オフィス回帰の動きが強まり、米国では出社義務を課す企業がIT・金融業界を中心に増加した。日本でも同様に、オフィスへの出社を求める企業が目立つようになった。

 この流れには一定の合理性がある。職場での対面のやり取りは、偶発的な情報交換や学習機会を生み出し、特に新人・若手の育成には効果的な場面が多いためである。加えて、チームワークや組織文化の醸成という観点からも、出社の意義は大なり小なり認められる。

 しかし、オフィス出社に多くのメリットがあるのと同様に、リモートワークにも多くのメリットがあるとの研究は数多存在する。オフィス回帰の流れが明確化した後の今年半ばに発表された研究*1も、リモートワークがもたらすメリットが大きいことを改めて明らかにしている。

*1:Aksoy et al.(2025) “Remote work, employee mix, and performance,” NBER Working Paper

 この研究は、トルコの大手コールセンター企業の実経験を題材にしている。同企業はパンデミック下で従業員を全面的にリモートワークに移行させ、大きく2つのプラス効果を享受することに成功した。

 1つは、人材の多様化と高度化である。それまで少なかった属性(既婚女性、地方居住者)の従業員を獲得することができたほか、高学歴人材を増やすことにも成功した。

 もう1つは労働生産性の改善である。自宅の静かな環境での業務によりコール処理能力が約10%上昇し、顧客満足度やサービス品質も維持・改善された。こうした経験は、リモートワークは「労務管理上の妥協策」ではなく、むしろ企業にとって戦略的な武器となり得ることを示している。

 ただし、リモートワークが全面的に優れているわけでもなく、注意点もある。

 具体的には、入社時に対面研修を受けた従業員は定着率が高かった一方、そうでない従業員は早期離職率が高かった。すなわち、入社初期のオンボーディングは対面で行い、その後はリモートワークを活用するハイブリッド型の勤務が望ましいことが示唆される。

 上記の研究も示唆するように、結局のところリモートワークとオフィス出社に明確な優劣は見いだせず、それぞれ長所と短所がある。出社は新人育成や文化醸成に強みを持つが、リモートは人材多様化と生産性改善に寄与する。両者を補完的に組み合わせた最適解を模索することが重要である。

 また、最適解のあり方は国・産業・企業によって異なると考えられる。そのため、「よそがそうしているから、自分たちもそうしよう」と慌てて追随する前に、じっくりと最適解を模索する期間をとったほうがいいかもしれない。