企業や個人はステーブルコインの普及にどう備えるか

 このように、ステーブルコインが日本でいつ、どこまで普及するかは読みづらいのだが、それが当たり前になる時代を前に、企業や個人はどのような準備を進めておけば良いのだろうか。

 まず、企業にとってステーブルコイン時代の到来は、企業の財務活動を根本的に変革する機会となり得る。しかしそのためには、日本における厳しいステーブルコイン関連ルールに従う必要があり、法規制の遵守体制を確立しなければならない。

 それに向けて、情シス・法務・コンプライアンス・財務等の部門横断的なタスクフォースを組成し、ステーブルコイン導入および対応に向けた態勢整備を進める必要があるだろう。

 また、ステーブルコインはブロックチェーン上に構築される暗号通貨であるため、単なる決済・送金手段として利用するだけでなく、「通貨」の概念を超えたさまざまな制御が可能になる。

 たとえば取引条件を満たしたとき、業務担当者の指示を待たずに自動で送金や決済などができる機能を追加するといった具合だ。商品の納品が確認された瞬間に自動で支払いが完了すれば、取引の効率化や透明性の向上が可能になる。そうした発展的な対応を見据え、社内での検討を進めるべきだろう。

 一方で、新技術と規制体系に対応した、リスク管理体制の強化も必要になる。

 ステーブルコインの発行者や運用者、取引所といったエコシステムに関わるすべてのパートナーに対して、デューデリジェンスを実施するといったことも求められるだろう。その中で監査手法や関連技術も発展していくことが予想され、社外の信頼できるパートナーの支援を仰ぐのが望ましいと考えられる。

 個人にとってステーブルコインは、国際送金のコスト削減や新たな資産運用の機会をもたらすが、そこにはさまざまな自己責任が発生する。

 中でも重要なのが、資産のセキュリティ確保だ。ステーブルコインは暗号通貨であるため、それ特有の対応が必要になる。

 たとえば「鍵」の管理。暗号通貨における「鍵」とは、資産の所有権と取引の正当性を証明するための暗号情報で、特に個人の「秘密鍵」は、銀行のサービスを利用する際の「暗証番号+実印」に相当する存在となる。その鍵を紛失すれば、いくら暗号通貨がデータとしてそこにあっても、それが自分のものであると証明することが不可能になる。

 実際、ジェームズ・ハウエルズという英国のIT技術者が、2013年に自分の秘密鍵を保管していた外付けハードディスクを誤って廃棄してしまったことで、所有していたビットコイン約8000 BTC(現在の日本円の価値にして約1300億円に相当)を失うという事件を起こしている。「通貨」という名前の響きに騙されることなく、「暗号通貨」特有の管理方法を身に付けなければならない。

 そのためには、段階的な学習と実践を通じて経験を積むことが重要だ。規制された国内取引所や大手海外取引所で口座を開設し、少額から始めて送金体験を積み、金融庁や大手銀行など信頼できる機関からの情報を収集する習慣を付けるのが良いだろう。

 日本における「ステーブルコイン元年」は確かに到来したが、それが即座に私たちの日常生活を変えるというわけでもない。特に消費者にとっては、SuicaやPayPay等が既に浸透している日本の消費者市場において、新たな決済手段としてステーブルコインが選ばれるハードルは決して低くない。

 当面は企業間取引や国際送金といった、B2B領域での活用が先行し、一般消費者への普及には時間を要すると考えられる。

 また日本銀行のデジタル円構想が具体化すれば、民間ステーブルコインの立ち位置は大きく変わる可能性もある。とはいえ、金融のデジタル化という大きな潮流の中で、ステーブルコインは重要な要素のひとつだ。過度な期待も不安も持たず、冷静に動向を見守りながら、必要に応じて柔軟に対応できる知識と姿勢を保つことが賢明だろう。

小林 啓倫(こばやし・あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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