映画『オッペンハイマー』に強い違和感
監督の込山正徳が、原爆をめぐる歴史観に強い違和感を抱いたのは、映画『オッペンハイマー』を観た時だった。原爆開発者の苦悩や、その後の人生の波乱については饒舌に語られるものの、原爆が産み落とした広島や長崎の阿鼻叫喚には一切言及がなかった。
今回の映画を監督した込山正徳
勝者によって語られる“歴史”の視野狭窄に異議を申し立てようと考えた。
そう思って周りを見渡すと、戦後一貫して、あらゆる不条理に異議を申し立ててきた漫画『はだしのゲン』に目が留まった。
「恥ずかしながら告白すると、漫画『はだしのゲン』はこのプロジェクトを企画するまで読んだことがなかった」と込山は語っている。還暦を過ぎて読んでみると、「こんな強烈な漫画を皆は読んでいたのか!!」と驚いた。『アンネの日記』に匹敵する反戦文学であり、その魅力を後世に伝え続ける必要がある、と感じた。
いまだに読み継がれる『はだしのゲン』(C)BS12 トゥエルビ
『はだしのゲン』は、作者である中沢啓治(1933年~2012年)の自叙伝的な漫画である。
国民学校2年生(今の小学校2年生)で、爆心地近くで被爆しながら、「紙一重」で奇跡的に命をとりとめる中岡元は、中沢自身である。家族5人のうち、父親と姉、弟の3人が原爆で倒れた家の下敷きとなって焼け死ぬという中で、母親とゲンは戦後の困窮と混沌とした状況の中を、知恵と度胸、それに正義感を持って精いっぱい生き抜く。
作者・中沢啓治の若かりし頃(C)BS12 トゥエルビ
中沢自身は、中学卒業後、曲折を経て、東京に出て漫画家を目指す。当初は差別されることを恐れ、自らが被爆者であることを隠していた。しかし、60年代に入り、最愛の母親が亡くなり、焼いた遺体の中に、骨が形となって1つも残っていなかったことを知り激昂する。
「漫画を通して徹底的に被爆という事実と闘っていく」として、『はだしのゲン』を描くことで、日本の敗戦史と原爆史を記すことを生涯の目標に据える。