江戸城の天守台 撮影/西股 総生
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(歴史ライター:西股 総生)

はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回の「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城の天守台を紹介します。

一言でいって「凄い!」天守台 

 前稿「かつて日本最大の天守が聳えていた江戸城、家康、秀忠、家光と改修を繰り返したのは威厳を示すためだったのか?」(9月10日掲載)で述べたように、現在の江戸城には天守台の石垣が残るばかりとなっている。4代将軍家綱の明暦3年(1657)に起きた「明暦の大火」によって、天守が焼失してしまったのだ。

 いや、天守の再建計画はあった。だから、焼けただれた天守台の石垣も新しく築き直した。天守台の新造工事を担当したのは加賀前田家で、おそらく家綱自身も、三代の前将軍にならって「自分の天守」を建てたいと思っていただろう。

天守台東面の石垣。焼け焦げているのは幕末の火災で本丸御殿が焼失した際のもの

 ところが、ここで「待った!」がかかった。かけたのは会津藩主の保科正之である。保科正之は前将軍家光の異母弟で、高遠藩保科家の名跡を継いだのち会津23万石に封じられる一方、家光の遺言によって家綱を補佐する立場にあったから、幕府内では決定的な発言力をもっていた。

 明暦の大火では、本丸御殿をはじめとして城内の多くの建物が焼失している。それらを再建するだけでも莫大な費用がかかるし、被災した城下の復興にも意を砕かねばならない。ただのハコモノでしかない天守などに金をかけている場合ではない、という正之の主張は至極もっともであった。

本丸御殿跡から見た天守台。江戸城の本丸御殿は空前の規模だった

 かくて、鶴の一声によって天守再建計画は画餅に帰して、天守台の石垣だけが残ることとなった。もしこの時、天守再建に踏み切っていたとしたら、寛永天守に勝るとも劣らない日本最大級の天守が威容を誇っていただろう。いずれは大火に巻き込まれて焼失していたようにも思うがが……。

 そんなわけで、江戸城には建物としての天守はないのだが、それは決して城の魅力を損なうことにはなっていない。なぜなら、天守台の石垣そのものが、江戸城屈指の見所となっているからだ。 

天守のない天守台を多くのインバウンド客が訪れている

 江戸城の天守台は、一言でいって凄い! 何が凄いかというと、第一にサイズが圧倒的だ。全国の城をめぐって歩いてくると実感できるが、一見して名古屋城や大坂城を圧倒する巨大さで、これに比べたら姫路城や熊本城の天守台などカワイイものだ。

 江戸城の天守台は写真では平べったく見えるが、幅が大きいので相対的に高さが目立たないだけである。それが証拠に、一つ一つの石がものすごく大きい。算木積みになっている角石など、べらぼうなサイズだ。

算木積みの角石は驚くほどの大きさだ

 第二に、石材が高品質。江戸城の石垣は全体に黒っぽく見えるところが多いが、これは主に伊豆産の安山岩(伊豆石)を使っているためだ。対して天守台の石垣は全体に白っぽい。瀬戸内産の花崗岩を使っているためで、前田家は徳川家への忠誠と自身の施工能力とを誇示するために、わざわざ瀬戸内方面から花崗岩の巨石を大量に運んでみせたのだ。

大きな切石を整然と積み上げた美しさに見入ってしまう

 しかも(第三に)石材の加工技術が凄い。花崗岩の巨石がぴったりはぎ合わせられて、整然と積み上がっている様は圧巻だ。角の算木積みの技法など、ずっと眺めていても飽きないくらいに巧みで、美しい … などと書くと「マニアックだ」と笑う御仁がでてきそうだが、そういう人は石垣をちゃんと見たことがないだけである。いっぺん江戸城に足を運んで、石垣と正面から向き合ってみれば、きっと筆者の言っていることがわかるだろう。

天守台の石垣には黒い伊豆石の旧材も再利用されている

 ところどころ混じっている黒い石は、寛永天守の石垣に積まれていた伊豆石である。焼けただれた旧天守台を解体した際、使えそうな石は再加工して新しい天守台に組み込んだのである。

 筆者はこれまで何十ぺんも江戸城に足を運んいるが、この天守台は何度見ても飽きない。日本で最も巨大な天守台は、また最も魅力的な天守台でもあるのだ。

天守台の穴蔵部分にある「お星さま」。心の清い人だけが見つけられるとか(笑)

[参考図書紹介]
原作・いなもとかおり/漫画・今井しょうこ『城めぐりは一生の楽しみ』絶賛発売中(KADOKAWA)。江戸城を歩きながら城の面白さに気付いてゆく、という構成で、当「シリーズ 江戸城を知る」の参考書としても最適。特筆すべきは城のイラストで、一見ゆるいタッチながら勘所をピシッと押さえたすぐれもの。