江戸城の天守台 撮影/西股 総生(以下同)
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回の「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城の天守は再建できるのかを検証します。
はっきり言ってできない復元
江戸城の天守は、明暦3年(1657)に起きた「明暦の大火」によって焼失してしまい、以後再建されることはなかった。本丸御殿の方は、明暦大火の翌々年である万治2年(1659)に竣工しているから、もし天守も再建されていたなら「万治天守」と呼ばれただろう。
下って現代。日本で最大にして最高の城である江戸城に天守がないことを残念に感じる人もいるようだ。そこで、何とか天守を復元しよう、という話が出てくる。
天守台の上に天守が建っていないのは淋しいですか?
具体名を挙げることは差し控えるが、実際に江戸城天守復元計画に向けて運動している人たちがいるし、政治家の中にも興味を示している人がいる。まあ、仮に復元が実現すれば、それだけで大きな金が動くし集客効果もあるだろうから、ハコモノ行政大好き政治家や、インバウンド万歳の政治家にとっては、おいしい話だろう。
では、はたして江戸城の天守は復元できるのだろうか?
史料に基づく綿密な調査によって木造復元された大洲城天守
はっきりいってしまうと、復元できません!
費用とか、行政上の手続きとか、考証上の問題などではない。原理的・論理的に不可能なのである。なぜ不可能なのか、以下に順を追って説明しよう。
まず、前々稿「かつて日本最大の天守が聳えていた江戸城、家康、秀忠、家光と改修を繰り返したのは威厳を示すためだったのか?」(9月10日掲載)でも説明したとおり、歴史的に見るなら江戸城には3棟の天守が存在していた。家康時代の慶長天守、秀忠時代の元和天守、そして家光時代の寛永天守である。もし復元するとなったら、この中でもっとも新しい寛永天守が対象となるだろう。
江戸城天守台から本丸を見る。ここにいくら巨大な天守を建てても、丸の内の高層ビル群に埋没して都市のランドマークにはならないだろう
姿がおぼろげな慶長・元和天守に対し、寛永天守は資料も揃っているから考証的には問題はない。けれども、今の江戸城に寛永天守を建てることはできない。
なぜなら、天守台の石垣は、寛永天守が焼失した後に造り直されたものだからだ。現存の天守台は「万治天守」を前提に築かれたものだから、寛永の天守台とは形も大きさも異なる。したがって、現存天守台の上に寛永天守を載せることは、原理的に不可能なのだ。
仮に、現存天守台に合わせて寛永天守をアレンジして建るとしたら、デザイン的なバランスが狂って寛永天守がもっていた美しさが失われてしまうだろう。内部構造(柱や梁の組み方)も違ってくる。それでは「何となく寛永天守に似せた架空の建物」にしかならない。常識的にいうなら、それは「復元」ではなく「捏造」である。
某城では現存の石垣の上に強引に天守を「復興」してしまったため、天守台が余ってしまった。これはもはや「ネタ」である
では、今の天守台の上に「万治天守」を建てるというのはどうか。筆者は建築史が専門ではないけれど、史料を集めれば「万治天守」の基本形は再現できると思う。内部構造などは寛永天守を参考にして、それらしく設計できそうだ。
ただし、「万治天守」は歴史上は実在しなかった「幻の天守」でしかないから、それを建てても復元にはならない。やはり「捏造」である。
それに、基本設計は可能だとしても、細部の意匠は想像に任せるしかない。そもそも寛永天守の天守台は伊豆石を用いた黒い石垣だから、黒壁の寛永天守とバランスがよかった。対して現存天守台は瀬戸内産の花崗岩を主用した白っぽい石垣だから、「万治天守」本体もバランスをとって漆喰塗込とした可能性が高い。
江戸城の現存する天守台は瀬戸内産の花崗岩を用いた白い石垣だ。石材の加工や積み方の技術も高度で美しい
だとしたら、天守細部の意匠も白い外観に合わせて詰められたはずだ。このコーディネイトは、万治年間の人のセンスでなされたはずで、現代の建築家やゼネコンが「考証」しても、所詮は現代人のセンスによる憶測にしかならない。要するに、現存する天守台の上にどんな天守を建てても、捏造にしかならないのである。
「専門家の考証」と称して強引に天守を建てても細部には無理が生じる。某城のこの石落とは、どう機能するのだろう
もし、どうしても寛永天守を復元したかったら、貴重な文化財である現存天守台の石垣を壊して、寛永天守用の天守台を造り直すしかない。でも、それを「復元」といえますか? そんな客寄せ用のインチキなハコモノを復元と称して、首都のど真ん中に建てるなんて、文明国のすることではない。国辱レベルで恥ずかしいから、やめてほしいと思う。
[参考図書紹介]
原作・いなもとかおり/漫画・今井しょうこ『城めぐりは一生の楽しみ』絶賛発売中(KADOKAWA)。第七章「『天守ない』でいいじゃん、これが歴史なの」では、天守がないことのロマンを熱く語っており必読!











