『モダン・タイムス』(1936)写真/Bridgeman Images/アフロ
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(田村 惠:脚本家)

洋画、邦画を問わず今日まで7000本以上、現在でも年間100〜150本の映画を見ているという、映画を知り尽くしている田村惠氏。誰もが知っている名作映画について、ベテラン脚本家ならではの深読みを紹介する連載です。

観客がハラハラするシチュエーションとは

 コメディとサスペンスはシチュエーション(設定)が同じ――。

 これは、ぼくのシナリオの師匠・井手雅人先生の教えである。笑わせることと恐がらせることは感情表現としては真逆であるが、どちらの映画でも、より大きな効果をあげるためにまったく同じ手法を用いる。その手法というのは、平たく言えば、次のごとき簡単な約束事である。

 ——観客は知っているが登場人物は知らない。

 この約束事はチャップリンのコメディにも頻繁に使われている。『モダン・タイムス』には、こんな典型的なシーンが出て来る。

 デパートの夜警に雇われたチャップリンは、泊まる所のない貧しい娘(ポーレット・ゴダード)をこっそり中に連れ込む。そして、四階の売り場でローラースケートの靴を見つけると、彼女にいいところを見せようと、調子に乗って目隠しまでして滑り出す。

 ところが、フロアの端は修築中で手摺が無く、一階まで吹き抜けの状態になっている。そうとは知らず、チャップリンはまっ直に滑って行く。観客はハラハラするが、チャップリンは転落スレスレの所でくるりとターンする。観客は落ちそうで落ちないチャップリンに、今度は大笑いさせられることになる。

 つまり、観客は危険を知っているが登場人物のチャップリンは知らないという前提があることで、このシーンの笑いは増幅されているのである。そして、ここでは笑いと恐怖が隣り合せになっていて、同じ設定がコメディにもなればサスペンスにもなるという関係性が見て取れる。