江戸城 撮影/西股 総生(以下同)
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回の「江戸城を知る」シリーズとして、江戸城の天守の変遷とその理由を紹介します。
「明暦の大火」によって惜しくも焼失
江戸城には天守が現存していない。ただ天守台の石垣が残るばかりだ。だが、かつてこの城には日本最大の天守が聳えていた。
江戸城に最初に天守が建ったのは、慶長12年(1607)のこと。徳川家康がこの城に入ってからすでに17年、征夷大将軍に任じられてから4年が経過していたから、満を持しての建築である。
この天守は当時としては最大規模で、漆喰塗籠の真っ白な天守だったといわれている。場所は、現在の天守台より200mほど南といわれているから、現在の本丸のど真ん中あたりだったことになる。
家康が建てたこの天守は、年号をとって「慶長天守」と呼ばれている。けれども、家康の跡を継いだ秀忠は、元和9年(1623)になって慶長天守を廃し、新しい天守を建て直している。「元和天守」と呼ばれるものだ。
本丸東面の高石垣。写真左奥のあたりは秀忠期に積み直されたようだが、手前側の石垣は家康期の技法をとどめている
なぜ、わざわざ天守を新造したかというと、本丸全体を拡張し、本丸内部のレイアウトも変更したからだ。かつて家康は、北条氏から接収した江戸城(土造りの城だった)を近世的な城へと築き直したが、あくまで関東の一大名の居城である。徳川家が征夷大将軍として全国の大名に君臨するようになり、さらに大坂の陣で豊臣家が滅んで、その権力が盤石のものとなれば、江戸城の本丸には高度な政治機能が求められる。
それに、家康が江戸城を改修してから大坂の陣までの数十年間で、築城技術も戦闘様式も大きく進化している。おそらく、それまにも江戸城では逐次改修が行われていたのだろうが、ここらで最新技術を投入した全面リニューアルを、と秀忠が考えるのはむしろ当然であったろう。これにより天守の位置は、ほぼ現在の天守台と同じになったようだ。
天守台から広大な本丸を眺める。天守の位置は時期によって変遷した
ところが、3代将軍となった家光は、大御所秀忠が没すると元和天守を取り壊して新しい天守を造り直す。この3代目天守は、寛永15年(1638)に建てられたことから「寛永天守」と呼ばれている。寛永天守の造営については、秀忠が慶長天守を壊して元和天守を建てたように、家光も自分の天守を建てることで、新将軍としての権威を示そうとしたものだ、と説明されることが多い。
本丸北面の見事な高石垣。技法から見て秀忠期の改修によるものだろう
ただ、事実関係を時系列で整理してみると、別な事情が浮かび上がってくる。
家光が将軍となったのが元和9年(1623)で、秀忠が没したのは寛永9年(1632)。つまり、元和天守が建った年に家光が新将軍となっており、秀忠が死去してから寛永天守が築造されるまでに6年の時間差があるのだ。家光が自分の権威を示すため、という説明は少々整合性を欠く。
それに、家光による江戸城の大改修は、秀忠が存命中の寛永5年(1628)にから始まっているのだ。この改修は、地震による被災に端を発したもので、西の丸の改修から始まって外周部の堀と石垣の改修、二の丸の拡張と縄張の変更へと進み、寛永13年(1636)には広大な惣構(大外郭)を設置して、翌年から本丸の改修・天守台の新造に取りかかっている。
飯田橋駅近くの土塁上から巨大な堀を見る。御茶ノ水駅から飯田橋・市ヶ谷・四ツ谷あたりにかけては巨大な外郭の塁壕がよく残っている
だとしたら、秀忠も了解済のリニューアルプランがあって、その最終工程として本丸を全面改修して天守も新調した、と考えた方がよさそうである。
家光が建てた寛永天守は、壁が黒い錆止めを塗った銅板で覆われ、屋根は銅板葺きだったことがわかっている。その姿は『寛永江戸図屏風』にも描かれているが、江戸城の本丸にある展示施設に置かれた精緻な復元模型でも知ることができる。しかし、4代将軍家綱の明暦3年(1657)に起きた「明暦の大火」によって、惜しくも焼失してしまった。
名古屋城のコンクリ復元天守。御三家の名古屋城では第2次大戦まで天守が残っていた。江戸城天守はどのような姿だったのだろうか
こうしたいきさつで、江戸城には天守が残っておらず、天守台の石垣が残るのみとなった。では、石垣だけの天守台には見所がないのだろうか? 話の続きは、また次回(「江戸城の天守台」は近日掲載予定、お楽しみに)!
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