モンゴル公式訪問の全日程を終え、飛行機に乗り込む天皇、皇后両陛下(写真:代表撮影・共同通信社)
(島 康彦:朝日新聞編集委員・皇室担当)
天皇、皇后両陛下のモンゴル公式訪問(7月6~13日)に宮内記者会の一員として同行した。皇后さまが適応障害と診断され、体調が最も優れなかった時期から皇室取材を続けているが、皇后さまらしさ、そして皇后さまの国際親善の場における存在感の大きさを折々に感じる旅路となった。
今回のモンゴル訪問で注目されたのが、首都ウランバートル北部にある日本人抑留犠牲者の慰霊碑への訪問だった。
第2次世界大戦の直後、旧ソ連は日本兵や一部の民間人を含む約60万人を捕虜とし、少なくとも5万5000人が母国に戻ることなく、命を落とした。「シベリア抑留」として広く知られるが、この抑留者のうち、1万4000人がモンゴルに移送され、1割以上が犠牲になったことは日本、モンゴル両国でもあまり知られずにいた。
7月8日午後、両陛下がモンゴルの抑留者慰霊碑を訪れた際には雨が降り続いていた。雨が小雨であれば傘を差さない選択肢もあっただろうが、全身がぬれてしまうほどの雨脚の強さ。両陛下は傘を差しながら、花輪を供え、黙禱をささげた。
国内の慰霊の現場では、黙禱は長くとも数十秒ほどであることが大半だが、そろそろという時間がすぎても、両陛下はこうべを垂れたままだった。皇后さまは上半身を深く曲げたままの姿勢を続け、静寂がとても長く感じられた。
拝礼を終えた時には、手元のストップウォッチは「58秒43」を示していた。抑留者の慰霊に天皇が訪れたのは今回が史上初。約1分近い黙禱にその思いが現れているように感じた。
慰霊碑への供花に続いては、現場に足を運んだ日本遺族会会長の水落敏栄さん、抑留者遺族の鈴木富佐江さんとの対面が予定されていた。雨がやみ、傘を閉じた両陛下はそちらに向かうはずだったが、お二人は顔を近づけて何かを話していたかと思うと、再び慰霊碑に歩み寄った。予定にない、お二人の発案での再度の拝礼だった。
現場では、お二人と報道陣との距離が離れていたこともあり、天皇陛下がうなずきながら「もう一度会釈しましょう」と皇后さまに伝えたことは見聞きできたが、その前後のやりとりまでは確認できなかった。
この日の夜、宮内庁幹部の記者レクチャーで、実際には皇后さまが、雨がやんだのでもう一度拝礼しましょうかと天皇陛下にたずね、再度の拝礼に至ったという流れが明らかにされた。
今回は宮内庁側の公式な説明によって皇后さまの提案だったことが判明したが、これまでの取材メモを見返すと、天皇陛下を支える皇后さまの配慮がうかがえる場面は過去にもあった。