(英エコノミスト誌 2025年7月19日号)
AIの普及がコンテンツ業界を劇的に変えている(Pixabayからの画像)
ChatGPTやその競合AIの台頭がインターネットの経済取引の土台を蝕んでいる。
マシュー・プリンス氏のもとに大手メディア会社の経営者たちから相談の電話がかかってくるようになったのは、昨年の初め頃のことだった。
プリンス氏はウエブの約5分の1にセキュリティーインフラを提供する米クラウドフレアの最高経営責任者(CEO)だ。
経営者たちは口々に、メディアがオンラインで新たな脅威にさらされている、死活問題だと訴えてきた。
「それで私は『脅威とは何ですか、北朝鮮ですか』と尋ねた」と同氏は振り返る。「すると先方は『違う、AIだ』と言ってきた」。
チャットボットの登場でウエブ閲覧に異変
相談を持ちかけたメディアの幹部らは、その後明確になったトレンドの予兆を感じ取っていた。
人々がウエブサイトを見て回るやり方を人工知能(AI)が根底から変えつつあるというトレンドだ。
ユーザーが従来型の検索エンジンではなくチャットボットに質問を入力すると、次にたどるべきリンクではなく質問の答えが返ってくる。
その結果、ニュースサイトからオンライン掲示板、ウィキペディアのようなレファレンスサイトに至るまで、「コンテンツ」提供者に向かうトラフィック(通信量)が激減している。
AIによって人々のウエブ閲覧の仕方が変わるにつれ、インターネットの中核にある経済取引のあり方も変わっている。
人間の手によるトラフィックは長年、オンライン広告を使って収益化されてきた。今では、そのトラフィックが干上がりつつある。
それを受けてコンテンツの作り手は、AI企業に情報の対価を支払わせる新しい方法を大急ぎで見つけ出そうとしている。
もし見つからなければ、開放型のウエブはこれまでとは大きく異なる何かに変わってしまうかもしれない。
対話型AI「Chat(チャット)GPT」が2022年後半に発表されて以降、一般の人々はオンラインで情報を探す新しい方法を歓迎している。
生みの親である米オープンAIによれば、このチャットボットは約8億人に利用されている。ChatGPTはiPhoneのアプリストアで最も多くダウンロードされたアプリだ。
米アップルによれば、iPhoneに入っているウエブブラウザー(閲覧ソフト)「サファリ」での従来型の検索件数は今年4月に初めて減少に転じた。
ユーザーがAIに質問するスタイルに乗り換えたからだ。オープンAIも独自のブラウザーを近々投入する見通しだ。
AIで「グーグルにググらせる」
オープンAIやその他の新興企業の台頭を受け、米国の従来型検索市場で約90%のシェアを握るグーグルは、この流れに乗り遅れまいと自社の検索エンジンにAIの機能を追加した。
昨年から検索結果のすぐ上に「AIオーバービュー」(日本では「AIによる概要」)を表示させる機能がそれで、今ではすっかりおなじみになっている。
今年5月にはチャットボットのような検索エンジン「AIモード」の提供も始めた。
同社は今、AIを使えばユーザーは「グーグルにググらせる」ことができると請け負っているほどだ。
しかし、グーグルがググってくれる場合、情報の提供元であるウエブサイトを人間が訪れることはなくなる。
1億を超える数のウエブドメインへのトラフィックを計測している分析サービス会社シミラーウエブの推計によれば、人間の手による検索トラフィックの世界合計は今年6月までの1年間で約15%減少した。
趣味に熱心な人のサイトなど好調なカテゴリーもあるにはあるが、それ以外は大きな打撃を受けている(図参照)。

最もひどく痛めつけられているカテゴリーの多くは、検索された質問にこれまで頻繁に答えてきた部類のサイトだ。
科学・教育関係のサイトは訪問者を10%、レファレンスサイトは15%それぞれ減らした。健康・医療関連では31%も落ち込んでいる。
