佐藤ハルエさんと藤井宏之・遺族会会長©テレビ朝日

監督に映画化を決意させた被害者の思い

「性暴力の被害者にとって最も大切なのは、それを話すことができ、理解してくれる人がいること——といわれますが、本当にそうなんだな、と。そして、玲子さんにとってのそれは、お孫さんをはじめとするご家族で、身近な人たちから理解され、大切にされることによって初めて、彼女は心の安寧を得ることができたんだと思います。

 もっとも、そこに至るまでに80年もの歳月を要したということも忘れてはいけないのですが……。

 また、性暴力被害者が、自らの尊厳を取り戻すのに必須なのは加害者や関係者からの『謝罪』とされていますが、そういう意味では、藤井会長ら遺族会による碑文の建立や、心からの謝罪は、玲子さんやハルエさんが自らの尊厳を取り戻す上で大きかったと改めて思いました」

 しかし、その佐藤ハルエさんは2024年1月、99歳でこの世を去る。映画には、その佐藤さんの「今際の際」のシーンも収められている。

「ハルエさんの最期に立ち合わせていただいた時に『これは映画にしなくては』と思ったんです。映画をご覧いただいたら分かると思うんですが、ハルエさんって誰に対しても真正面から向き合う方なんです。相手に正面から向き合って、語り伝え、記録として残すことを切望されていた。

 最後までそうでした。その思いに突き動かされ、ハルエさんが亡くなった今、彼女が残そうとしたものを、“形”として残さなくてはと思い、映画にしようと決めたんです」

 映画の最後に再び登場する生前のハルエさんからの「ラストメッセージ」は、松原監督だけでなく、私を含め「伝えること」「記録すること」を生業とする者すべてに向けられたものだろう。少なくとも私はそう受け止めている。

『黒川の女たち』は7月12日(土)よりユーロスペース、新宿ピカデリーほか全国で順次公開。詳細は映画公式サイトで。