中国の強みを再認識させたトランプ関税

 EUのみならず、世界各国はレアアースに代表される原材料の多くを中国に依存している。一方で、レアアースを例にとれば、その生産の過程で環境に多大な負荷がかかるわけだが、そうしたコストを中国が負担するからこそ、今の価格水準で済んでいる点は重要な視点だ。他国が生産すれば、コスト負担に耐え切れず、価格は跳ね上がる。

 すでに述べたERMA構想がうまくいかないのもそのためだ。EUは域内の山地のみならず、ウクライナまでを視野に入れて、レアアースの自主鉱山の開発に努めようとしている。にもかかわらずERMA構想が結実しない最大の理由は、コストがペイしないことにある。つまり、中国製レアアースは、グローバルに圧倒的な価格競争力を持っている。

 他方でEUは今、インドに急接近し、関係の深化に努めている。消費財市場という観点のみならず、半導体とレアアースの生産拠点として、中国の代替地として期待できるためだ。しかし、インドで生産できるレアアースは今のところランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジムの4種類で、中国製レアアースを代替するには至らない。

 つまるところ、米トランプ政権が仕掛けた関税紛争は、中国のレアアース生産国としての強みを世界経済に再認識させる機会となった。EUは、自らが進めようとした対中デリスキングが画餅であったことを痛感したことだろう。「言うは易く行うは難し」のことわざのとおり、対中デリスキングは政治的な号令だけで進むものではない。

 それに、中国は多額の米国債を保有している。諸刃の剣であるため簡単ではないが、中国がその気になれば米債を売り、金融市場を通じて米国を圧迫することも可能だ。そういう思惑が市場に意識されるだけでも、一定の効果がある。そうした中国のしたたかさを前に、EUは対中デリスキングの矛先を収めざるを得なくなっているといえる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。