イランの弱体化は、中東のパワーバランスを大きく変化させることになる。ただ、イランのイスラエルへの反撃を見ても分かるように、イランが依然として中東の軍事大国であることは軽視してはならない。

アブラハム合意

 米軍による核施設攻撃への報復として、イランはカタールにある米軍基地を攻撃した。その攻撃は、事前にアメリカ側に通告されており、被害を最小限にする措置が講じられた。イラン政府にとっては、国内世論向けの報復パフォーマンスだった。

 しかし、攻撃されたカタールにとっては不愉快な反撃であり、穏健な湾岸諸国はイランに対する不信感を抱き続けている。

 不信感の第一は、革命の輸出である。サウジアラビアをはじめ穏健諸国の多くは、首長が支配する王制である。イランのイスラム革命はパーレビ王朝を倒した政変である。イランが伝播させる革命のウイルスを王制諸国は警戒する。

 次は宗教・宗派である。イランはシーア派の総本山であり、スンニ派のサウジアラビアとは宗派的に対立する。湾岸の穏健諸国はスンニ派が多い(バーレーンはシーア派が多数)。シーア派が多数な国は、その他にイラクとアゼルバイジャンがある。

 スンニ派が中心のアラブ穏健諸国は、イランへの警戒心を緩めていない。

 2020年8月、トランプ大統領の仲介で、イスラエルはアラブ首長国連邦(UAE)と国交を正常化した。これをアブラハム合意と呼ぶ。イスラエルは、1979年にエジプトと、1994年にヨルダンと国交を正常化している。

 イスラエルとUAEが握手したのは、イランを共通の敵とする認識からである。イスラエルはイランの核開発を疑っており、親米路線をとるUAEは反米のイランとは主張が異なった。

 9月にはバーレーン、10月にはスーダン、12月にはモロッコがイスラエルと平和条約を締結し、国交を正常化した。これも含めて、アブラハム合意と呼ぶことがある。これらの国は、イスラエルよりもイランのほうを脅威に感じていると言ってもよい。

 5月に中東を歴訪したトランプは、シャラア暫定大統領と会談し、対シリア制裁解除の条件として以下の5つをあげた。

① イスラエルとアブラハム合意を締結すること
② 全ての外国人テロリストをシリアから排除すること
③ パレスチナ人テロリストを追放すること
④ イスラム国(IS)の復活を阻止するアメリカを支援すること
⑤ ISメンバーを収容する北東シリアの収容所を管理すること

 シャラアは、6月23日に行われたイランのカタール報復攻撃を厳しく非難し、カタールと連帯する決意を示している。シリアとイスラエルが今後、どのような形で交渉を進めていくのか注視したい。ゴラン高原の帰属問題は容易に妥協できるものではない。

シリア暫定大統領のシャラア氏(写真:ロイター=共同)