エジプトで開催された中東平和サミットで挨拶を交わすトランプ大統領とサウジアラビアのサウド外相(写真:AP/アフロ)
10月13日、ハマスが最後の人質20人を解放した。イスラエルによる、丸2年にわたるガザへの攻撃で、死者数はおよそ6万人から7万人に達すると推計されている。イスラエルは今後中東でアラブ諸国といかに付き合っていくのか。戦闘の直前までイスラエルと国交正常化交渉を続けていたサウジアラビアは、再びイスラエルとの連携を考えるのか。『サウジの憂鬱 パレスチナとアメリカの狭間で』(慶應義塾大学出版会)を上梓した、一般財団法人日本エネルギー経済研究所・中東研究センター主任研究員の近藤重人氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──2023年10月のハマスによるイスラエルへの越境奇襲攻撃は、サウジアラビアにとってどのような出来事だったと思われますか?
近藤重人氏(以下:近藤)この攻撃がなければ、サウジはイスラエルとの国交正常化に踏み出していたでしょうから、非常に大きな出来事だったと思います。加えて、ハマスによる攻撃が起きた後のサウジの動きにも興味深いものがあります。
サウジはかなり迅速に政策を切り替えました。関係改善に向かっていたのでイスラエルに同情を示すかと思いましたが、奇襲攻撃はハマスが悪いが、これまでの経緯を見れば、イスラエルに非があるという考え方を示したのです。
最も右寄りの政権だと言われている現ネタニヤフ政権は、ヨルダン川西岸やエルサレムで挑発行為を繰り返していました。サウジの外務省は、戦争が始まる数年前から、イスラエルがいかにひどいことをしているかをつぶさに観察していたのです。
そこで、イスラエルに歩み寄っていたムハンマド皇太子も、外務省に合わせて政策を切り替えたのだと思います。今日に至るまで、サウジはイスラエルに対して強硬な姿勢を取ってきたように見えますが、実際は細かく見ていくと、そこには注釈があります。
2024年、米バイデン政権は、サウジとイスラエルの国交正常化を実現する代わりに、ガザへの攻撃を止めるようイスラエルに求めました。サウジのムハンマド皇太子はこの提案に乗りかけましたが、イスラエルが乗りませんでした。
そこで、2024年後半からは、サウジはアメリカとは連携せずに、アラブに親和的なヨーロッパの国々と国際会議を開いて、イスラエルに圧力をかける方向に舵を切りました。
そこでまず、ノルウェーがパレスチナの国家承認の意思を発表し、その後はフランスを中心にして、9月の国連総会で、イギリス、ポルトガル、オーストラリア、カナダなどが同じくパレスチナの国家承認を発表しました。
──サウジはイスラエルとの国交正常化をもう諦めたのでしょうか?
近藤:今は考えられない状況ですが、未来永劫それがないかと言えば、そんなこともないと思います。パレスチナ国家の樹立や、1967年の第三次中東戦争のラインまでイスラエルが撤退することをサウジは要求しています。原理原則に従えば、それをイスラエルが呑まなければ、サウジとイスラエルの国交正常化はありません。
ヨルダン川西岸にイスラエル人は大量に入植しており、パレスチナが軍隊を持つ国家になることは現実的には難しい。サウジも原則論にこだわり続けてはいられないという本音があると思います。