内閣委員会で学術会議を批判した参考人
前述のような問題点から、筆者は現行の法案がもし通れば、学術会議が大きく変質し、弱体化することは避けられないと考えてきた。
しかし、6月3日の内閣委員会をインターネット中継で傍聴し、参考人の上山隆大・政策研究大学院大学客員教授が学術会議への批判をとうとうと述べるのを耳にしながら、ふと、想定される未来はそれより深刻かもしれない、という思いが浮かんだ。
その思いは、翌日の夕方に国会前で行われた座り込みで、任命拒否に遭った当事者の1人である加藤陽子・東京大教授が、「学術会議がなくなってもいいという覚悟で(法案を)書いているのではないか」と述べたときにより強まった。

上山氏は、「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」で2025年3月上旬までの9年間、3期にわたり常勤議員を務めた人物だ。CSTIは、内閣府に設置された「重要政策に関する会議」の一つで、首相が議長を務め、閣僚や有識者、学術会議会長の計14人で構成される。上山氏は有識者の中で唯一の常勤議員だった。
学術会議が政府とは独立の立場で科学者の意見を集約するボトムアップ型の政策提言をするのに対し、CSTIは政府とともにトップダウン型で科学技術政策の形成に携わる。
「学者の代表機関」である学術会議と、「科学技術の司令塔」であるCSTI。両機関はよく日本の科学技術政策にとっての「車の両輪」にたとえられてきた。
上山氏は、今回の法案提出に先立ち内閣府が設置し、学術会議の法人化について議論した有識者懇談会のメンバーでもある。
座り込みの際の演説で加藤氏は、「車の両輪」の片方の機関の中心メンバーが、役割の相反するもう片方の機関の再編に向けた議論に深く関わるいびつさを指摘したうえで、次のような見解を示した。
「有識者懇談会の最終報告書は、本来の学術会議が果たすべき役割についての過去の実績を評価するものではなく、(トップダウン型の組織に求める)全く別の尺度からの評価軸を当てはめて、問題が多い組織だと認定した。内閣府はトップダウン型のCSTIの一方的な評価によって、ボトムアップ型の学術会議の改革を目指している。トップダウン型とボトムアップ型の2つは不要だと考えたのではないか」
そのうえで、加藤氏はこうも述べた。
「本来トップダウンとボトムアップがあることによって正しい科学技術政策が導かれるが、CSTIは学術会議がボロボロになってなくなってもいいと思っているのだと、私は思います」
加藤氏の言葉通り、内閣委員会で上山氏は、「(各国のアカデミーのような助言活動が)今の学術会議にできるとは思わない。各国のアカデミーとの対話は真摯な形では成立しないであろうと思うほどの彼我の差がある」「諸外国のアカデミーと比較したときの最大の残念な点は、わが国のアカデミー(学術会議)にそこまでの権威がないこと」と、学術会議のこれまでの実績を根底から否定するような発言を繰り返した。
上山氏はさらに、それらの原因の一つとして学術会議の年間予算の少なさに言及し、その状況を改善するためにも法人化し、政府の助成金や民間からの寄付を自らの努力で募ることが必要だと力説した。
筆者自身、こうした見解を聞きながら大きな違和感を覚えずにはいられなかった。なぜならCSTI自身は、国が1950億円を投じて最長で10年間支援するムーンショット型研究開発制度などさまざまな大型研究開発事業を林立させ、国の潤沢な予算を使って運営しているからだ。
いずれの事業も「出口志向」と「選択と集中」という近年の日本の科学技術政策の特徴を象徴するようなプロジェクトだが、巨額の投資に見合った成果が得られたのか、各課題への資金配分や研究の進め方が適切だったかを検証し、公表する仕組みは十分とは言い難い。
例えば現在第3期目が進められている「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は、第1期の実績が全く検証されないまま第2期の実施が決まっていたことが、以前筆者も携わった毎日新聞の連載「幻の科学技術立国」取材班によって報じられている。