音楽業界の慣習に風穴

 今回の原盤権奪還劇には、テイラーさんが著作権に絡む音楽業界の慣例に風穴を開けたとして好意的に報じる媒体が少なくない。彼女自身、この騒動が業界やアーティスト、ファンの間で議論を呼び起こしたことに「心から勇気づけられている」と手紙に書いた。また、新人アーティストがこの争議をきっかけに契約で原盤権を獲得する交渉をしたと報告してくれるたびに、自身に起きたことの重要性を実感するという。

 テイラーさんのような世界的アーティストであれ、遠く及ばないが私のような映像制作者やライターであれ、制作者が心血を注ぎ世に放つ作品や著作物は、作り手の魂の片割れのようなものである。

 こうした楽曲などを制作者自身の自由にさせず利益を得ている組織体には、ある種「作品を世に出してやっている」という古い体質のおごりが透ける。テイラーさんが指摘した通り「これが業界の慣例だ」として泣き寝入りしてきたアーティストは、多数存在するだろう。

 こうしたビジネスは制作に何ら関与せず、人の褌(ふんどし)で相撲を取る、いわば他人の作品で飯を食う典型である。どの分野であれ制作者の志を踏みにじる旧態依然とした業界体質は、同じく著作権問題で苦しんだというミュージシャン、故プリンスさんの言葉を借りれば、制作者を「奴隷」と勘違いしているとも言え、時代遅れもはなはだしい。

 年齢とキャリアを重ねるごとに、テイラーさんは自身を進化させてきた。笑顔を振り撒き政治的な意見など示さないという受け身の姿勢から、自身への性犯罪やカニエ・ウェストによる執拗な嫌がらせなどを経て、はっきりと間違ったことをそう伝え、自身の持つ力を正しく発揮してきたと言える。

 傍若無人な政治を行い続けるどこかの国の大統領や、金にものを言わせて政治を買う取り巻きの富豪などの稚拙な振る舞いに絶望する若い世代には、彼女のような大人の背中を見て希望を取り戻して欲しいものである。

 われらがテイラーの益々の活躍に、期待したい。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。