異変の背後にコロナ禍とトランプの気まぐれ
今まで債券市場は動じなかったのに、いったい何が変わったのか。実は、変わった点が2つある。
1点目は新型コロナウイルス感染症だ。
あのパンデミックは、低インフレと金融緩和の時代の終わりを告げた。当時はゼロ金利のおかげで誰もが良好な状態にあるように見えた。
予算のやりくりがどんなにお粗末でも、経済が成長して債務の利払い費用を上回ると米国当局は楽観することができた。
そんな状況が一変した。
連邦議会下院を先日通過したトランプの「大きく美しい予算案」は、米国の公的債務残高を今後10年間で3兆ドル以上押し上げることになる。
国債の償還と利払いの費用が歳出に占める割合はますます大きくなる。この予算案には歳出削減策も含まれているが、それらは社会的に残酷なうえ財政的には不十分だ。
2点目は1期目よりもかなり気まぐれなトランプの大統領2期目の心理状態だ。
ここで不吉な前兆として浮かび上がるのが英国のリズ・トラスだ。債券市場によって在任期間を短くされた元首相だ。
トラスが財源なき減税案の根拠として掲げた経済成長の公約を、英国債市場は呪術思考だと切り捨てた。
現財務相のレイチェル・リーブスが臆病な理由の大部分は、このトラス効果への恐怖心で説明できる。
トラスの愚行は英国債に「間抜けリスク」を付け足した。
そのトラスが米ワシントン・ポスト紙に先日寄せた一文からは、彼女が何も学んでおらず何も捨て去っていないことがうかがえた。
トランプに助言するコラムで「私が経験から学んだのは、グローバリストの経済エスタブリッシュメントのすごい力だった」と書いた。
債券価格は数え切れないほどの取引主体、例えば各国の中央銀行、年金・保険基金、非西側諸国の政府系ファンド、何千万人もの個人などの行動によって決定される。
したがって、トラスの言うグローバリストのエスタブリッシュメントという集団は、陰謀を企てるにはやや大きすぎるように思える。
おまけにその卑劣な目標とは、安全な資産に投資することだ。こんなトラスの疑念に似たものが今、米国債の市場に入り込みつつある。
自殺行為のデフォルトはないかもしれないが・・・
最近、アーネスト・ヘミングウェイの決まり文句を踏まえた噂――米国はこれまでゆっくりと、そしてここにきて突然破綻している――が広まっている。
これは的外れだ。
米国が債務不履行(デフォルト)に追い込まれることはない。デフォルトするとしたら、自ら選んでそうする。
具体的には、連邦議会下院が年内の債務上限引き上げを拒否すればそういう展開になり得る。
だが、その種の自殺行為は今日のワシントンの基準に照らしてみても常軌を逸しているだろう。
また、米国債を保有する外国人にトランプが税金を課す可能性もあるが、これはデフォルトと同じことだ。
トランプのアドバイザーのなかにはこの税を、ドル安を誘導して米国の輸出製品をより安価にする手法の一つと見ている向きがある。
だが、トランプでさえ、腹立ち紛れに行動すればかえって自分が損をするといって尻込みするかもしれない。
市場を暴落させたいのなら、米国にカネを貸している債権者に襲いかかる方が手っ取り早い。