(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年5月21日付)

自傷行為を続けているドルだが、それに取って代わる基軸通貨は出てきそうにない(Thomas BreherによるPixabayからの画像)

 米ドルの覇権が弱まり、やがて消えてしまう瞬間が近づいているのだろうか。

 ドナルド・トランプは「世界通貨としてのドルを我が国が失ったら、それは戦争で負けるに等しいことになる」と述べている。

 しかし、その発言の主自身がそんな敗戦の原因になるかもしれない。

 外国の通貨を当てにできるか否かは、その通貨自体の健全性や流動性への信頼度によって決まる。

 ドルへの信頼度はしばらく前から緩やかに低下してきた。そしてトランプ政権になった今、米国は一貫性がなく冷淡な国、さらに言うなら敵対的な国になった。

 同盟国に対して貿易戦争を仕掛ける国など、果たして誰が信頼できるだろうか。

 しかし、米国以外の国々はドル以外の外貨に資金を分散させたいと思うかもしれないが、これといった分散先は見当たらない。

 では、ドルの覇権に取って代わり得る通貨とは、一体どれなのか。

1世紀にわたって誇る世界最強の通貨の座

 ドルはもう1世紀にわたって世界最強の通貨の座を維持している。しかし、そのドル自体も、英国の軍事力低下と富の減少を背景に第1次世界大戦後に英ポンドに取って代わった経緯がある。

 客観的に見て、今日の米国は当時の英国ほどには衰えていない。

 国際通貨基金(IMF)によれば、世界全体の名目国内総生産(GDP)に占める米国のシェアは2024年時点で26%で、1980年の25%と変わらない。

 この間の中国経済の台頭を考えれば、これは驚異的なことだ。

 米国はまた、技術開発で世界の最前線に立っており、軍事力でも先頭を走っている。世界で最も懐が深く、流動性も潤沢な金融市場も擁している。

 さらに昨年第4四半期には、世界の外貨準備の58%をドルが占めていた。1999年第1四半期の71%に比べればシェアは低下しているものの、ユーロのシェア20%を大幅に上回っている。

 データ分析会社マクロマイクロによれば、貿易金融の81%、米国外債券の48%、国境をまたぐ銀行融資債権の47%がドル建てだ。

覇権国不在の過渡期がもたらす惨事

 では、一体どこがおかしくなりうるのか。

 経済学者チャールズ・キンドルバーガーは国際的なシステムに関する論文などで、開かれた世界経済の安定性は必要不可欠な公共財を提供する意思と能力を持つ覇権国の存在に依存すると主張した。

 ここで言う公共財とは貿易に開かれた市場、安定した通貨、そして危機発生時に最後の貸し手になることだ。

 英国は1914年までこれら3つを提供していた。1945年以降は米国が提供することになった。

 だが、この狭間には、英国にはこれらの公共財を提供する能力がなく、米国には提供する意思がない時期が生まれた。

 その結果は悲惨なものだった。

 ドルが覇権を握った時代は、数多くのショックに見舞われた。1944年に米ブレトンウッズで合意された外国為替の固定相場制度は欧州と日本の戦後復興によって損なわれた。

 1971年になると、歴代大統領のなかでトランプに最も似ているリチャード・ニクソンがドルの切り下げに踏み切った。

 この政策を受けて生じた高インフレが収束したのは、1980年代に入ってからのことだった。

 また、このドル切り下げを機に為替取引は変動相場制に移行することになり、欧州では欧州為替相場メカニズム(ERM)が創設され、やがて統一通貨ユーロが登場した。

 当時の経済学者やエコノミストの間では、変動相場の世界では外貨準備は重要ではなくなると考える向きが多かったが、その後も度々やって来る金融危機や通貨危機、とりわけ1990年代後半のアジア通貨危機はその逆が真であることを証明した。

 米連邦準備理事会(FRB)の融資も引き続き重要であることが証明された。2008~09年の世界通貨危機の時は特にそうだった。