時の設計図を見つけたい

 とても不思議だが、胚から体がつくられていく順序そのものは、ゼブラフィッシュとニワトリ、そしてヒトの間に違いはない。つまり種は違ってもほぼ同じ分子メカニズムに従って体はできていく。成長については、異なる動物たちもみな同じ遺伝子を使っているともいえる。けれども時間のスケールには大きな違いがある。

「その理由はもとより、そもそもどのような遺伝子が関わっているのかも、まだわかっていません。それほど時間の研究は非常に難しいのです。たとえばマウスの成長過程で、特定の遺伝子をノックアウトした場合に、脊椎がうまく形成されなくなったとします。だとすれば、その遺伝子は、マウスの脊椎形成に関わっていると推測できます。けれども時間制御に何らかの遺伝子が関わっているとして、その遺伝子をどのように見つければよいのか。これは極めて難題です」

 胚発生において、時間の流れに伴う変化が最も明瞭に観察できる現象のひとつが、体節形成の過程である。たとえば、ニワトリの胚では初期の体構造が形成されていく中で、節構造が頭側から尾側へと順番に出現する。このプロセスに着目し、発生における時間制御機構の一つを発見したのが、荻沼氏の師であるオリビエ・プルキルエ(Olivier Pourquié)博士だ。

「2009年からフランス国立科学センター、2015年からはハーバード大学医学部へと先生と一緒に移って、オリビエ・プルキルエ研究室でポスドクをしていました。オリビエ先生は体節形成過程において「hairy(ヘアリー)」と呼ばれる遺伝子に着目しました。この遺伝子はHESファミリーに分類されますが、体節時計とも言われており、ニワトリの体節形成のタイミングをコントロールしています」

HESファミリー:HES(Hairy and Enhancer of Split)は、転写制御因子のグループで、神経系や中胚葉の発生や幹細胞の維持などに重要な役割を果たす遺伝子群。

 細胞内でhairy遺伝子が発現するたびに、体節が形成されていく、しかも発現する時間間隔は決まっている。この体節時計について今では、ゼブラフィッシュは30分に1回、ヒトなら5時間に1回振動するのがわかっている。ただし同じ遺伝子なのに、なぜゼブラフィッシとヒトでは振動する時間が異なるのかわかっていない。

 発生過程での時間を司る遺伝子について、ほんのわずかな手がかりは得られた。けれども、その先に進むのは容易ではない。ブレイクスルーを実現するため荻沼氏が思いついたのが、ある種の逆転の発想だ。成長過程を理解するためには、成長過程で時間が止まってしまう現象を見つければよいのではないか。

 つまり受精してから成長していく段階で、時間を止めてしまうような生き物を見つけて、それを徹底的に調べてみる。けれども、そんな生き物が果たして存在しているのか。