核戦争に発展する恐れがあった2019年の衝突

ジャン:1974年にインドは核実験を実施し、1998年にパキスタンも核実験をしました。インドとパキスタンはそれぞれ核兵器を保有しています。

 1999年の5月から7月にかけて、パキスタン軍が実効支配線を越えてインド領カシミールに侵入したことで引き起こされたカルギル戦争がありました。この時は、ビル・クリントン大統領がパキスタンのナワーズ・シャリーフ首相に圧力をかけて撤退させました。

 2001年にパキスタンを拠点とするテロリストがインドの議会を襲撃する事件が起きた際には、リチャード・アーミテージ米国務副長官が、ニューデリーとイスラマバードの間で緊密な外交を展開して核戦争への発展を回避しました。

 2008年には、パキスタンに拠点を置くイスラム主義組織ラシュカレトイバに所属していたテロリストが、インドのムンバイで同時多発テロを起こし、160人以上が亡くなりました。この時も、米高官が迅速にインドをなだめ、深刻な紛争へのエスカレーションを抑制しました。

 2019年には、カシミール州プルワーマで自爆テロが発生し、インドの治安部隊員40人が亡くなりました。バラコット危機と呼ばれる事件です。

 米国はこの時も両国をなだめましたが、当時、米国務長官だったマイク・ポンペオ氏は、後に回顧録の中で「2019年2月のインドとパキスタンの対立がどれほど核戦争へと発展する寸前だったのか、世界は正しく理解していない」と語っています。ポンペオ氏のコメントは重要な注意喚起です。

 2025年5月のインドとパキスタンの衝突は、現在の核開発の現状を考えると、2019年の時よりも深刻なものです。「自国の存亡が脅かされた時に核兵器を使用する」というのがパキスタンの核使用の原則ですが、インドの通常兵器の優位性に対抗するために、短距離戦術核兵器の開発を進めています。

 一方でインドは、先制不使用の姿勢を密かに見直し、核兵器の運用の原則を曖昧にすることで、いつどのような場面で使用するのか明言しなくなりました。

パキスタン統治下のカシミール地方。インド軍の砲撃で焼けただれたバイク(写真:AP/アフロ)パキスタン統治下のカシミール地方。インド軍の砲撃で焼けただれたバイク(写真:AP/アフロ)

──第二次トランプ政権が、ニューデリーとイスラマバードの大使や、南アジア・中央アジア担当の国務次官補を任命していないことも問題視されています。