「バチカン」が和平交渉に果たせる役割
米ワシントン・ポスト紙は、第2次大戦以来欧州最悪の紛争において「ピースメーカー」の役割を果たせるかが、教皇の今後を位置付けるものとなり得るとした。一方ブルームバーグは、これまでも外交上慎重な対応を要する仲裁に尽力してきたバチカンだが「今回は教皇を、終わりの見えない難解な紛争に巻き込む危険性をはらむ」などと評している。
実際、協議へのハードルは低くはなさそうだ。先に記した、先月と今月バチカンで執り行われた教皇関連のイベントには、ロシアのある政府高官が参列していた。同国のリュビモア文化相である。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、同大臣は欧州連合(EU)による渡航禁止の制裁対象になっている。
バチカンを訪れるためには物理的にイタリアを経由しなければならないが、イタリアにはEU加盟国として、先の渡航禁止の制裁を課す義務がある。ワシントン・ポスト紙は情報筋の話として、リュビモア文化相のバチカンへの渡航が可能となった背景には、バチカン市国を設立した1929年のラテラノ条約があるとした。これにより、バチカン市国は独立した主権国家として認められている。
ワシントン・ポストによればイタリア当局はこの条約に基づき、ロシア政府の外交使節団の通行を許可したとされている。
このため、リュビモア文化相のケースは制裁対象となっているロシア政府高官でもイタリアへの渡航が可能となる成功例とみなされたという。だが、依然としてロシアでは、高官が逮捕されるといったリスクを警戒する向きもあると言われている。
ワシントン・ポストはまた、2022年の侵攻直後、ウクライナがフランシスコ教皇下のバチカンに介入を求めたとしている。それによりバチカンは担当枢機卿のもと、捕虜交換や、ロシアに連れ去られた数百ものウクライナの子供たちの帰還実現を「静かに」支援してきたのだという。
バチカンはこれまでも「静かに」、水面下でしばしば国際紛争解決に尽力してきたとされる。有名な例としては、1978年にアルゼンチンとチリの間の国境問題で、戦争にエスカレートしかねなかった事態を回避させたケースや、1975年から90年まで続いたレバノン内戦の終結に貢献したとされる事例がある。
しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、当事者であるプーチン大統領も、和平交渉に重要な立場をとってきたトランプ大統領も、およそ主義一貫した信頼のおける人物ではないとの評価も一部報じられている。レオ教皇は就任早々、一筋縄では行きそうにない停戦合意に各国を導くことができるのか、その手腕が注目される。
楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。