頭脳流入が育てたアメリカン・サイエンス
トランプ大統領の言い分は、実は日本でもそれほど珍しい話でもありません。
「留学生が多すぎる。おかげで米国人の学生が学べなくなっている」「どうして米国人のカネで、外国人を勉強させなければならないのか?」
こんな話を日本でも、聞きませんか?
「俺たちの納めた税金で、どうして外国人を勉強させなきゃならないんだ?」
特に、一部のアジア系学生については、ごく普通に目にする批判です。
そもそも、米国の有名大学は、中国系など世界各国の学生の父兄や富豪から莫大な寄付を受けて、リーマンショック後の経営危機を乗り切った経緯がありますから、トランプ大統領の言い分は完全に間違っています。
でも、日本の場合はどうでしょう。
仮に、日本の名門大学が、外国人富豪から巨額の寄付金を受け、子弟の入学に門戸をフリー・オープンなどと報じられれば、日本では火のついたような騒ぎになることも容易に想像がつきます。
現実には20世紀、米国の先端的な科学技術は「移民」がイニシアティブを取ってきた事実があります。
米国は19世紀いっぱい「債務国」でした。
それが「債権国」に転じたのは、欧州が疲弊し切った第1次世界大戦中に、食糧や軍事物資を世界に供給することで、対外債務を帳消しにすることができたからです。
とはいえ、ごく一部の専門を除いて(例えばウイラード・ギブズの統計力学、ロバート・ミリカンの基礎物理実験など)、世界をリードする科学的成果は生み出されていなかった。
そこに、米国にとっては“天啓”のように降って湧いたのが、ナチスドイツによるユダヤ人の排斥でした。
いまトランプ政権が行っているのと同様の理不尽な排除でした。
アインシュタイン、フォン・ノイマンなどのユダヤ系から、イタリア人ながらムッソリーニ・ファシスト政権と対立したエンリコ・フェルミなど、欧州の頭脳というべき一群の知性が欧州から米国に亡命した。
これにより米国は「原子力」「コンピューター」という、20世紀後半の主要なゲームチェンジャーを2つを生み出し、科学技術先進国に脱皮します。
残る第3のゲームチェンジャーである「分子生物学(バイオ・テクノロジー)」は、端緒こそ英国のケンブリッジ大学で生み出されましたが、その担い手、ジェームズ・ワトソンはシカゴ生まれの米国人です。
とはいえ、ワトソンの指導教官はファシスト・イタリアを逃れたユダヤ系生物学者サルバトーレ・ルリア(1912-91)で、欧州からの頭脳流出なくしてワトソンのDNA研究は存在しません。
原爆とコンピューターを生み出した米国が次にジャンプを試みたのは、米ソが深刻な軍事的対立を見せた冷戦さなか、ソ連による人工衛星スプートニクの打ち上げが成功した1957年頃のことで、今度は政策的に高度な頭脳を持つ移民を受け入れました。
日本国内でも、ソニーで基礎研究に取り組んでいた江崎玲於奈博士は米国IBMにヘッドハントされ、米国でICやLSIの基礎技術となる「半導体超格子」素子を実現する研究を推進する機会を与えられました。
全世界から選良を集め、彼ら彼女らに潤沢な資金と良好な環境を準備して、存分に成果を出させてくれる国。
それが「科学技術で世界の冠たる米国」を演出する、本当の舞台裏だったのです。