クラウド領主に対抗する残された方法
──アメリカと中国の覇権争いはサイバー空間の中でこそ熾烈なのですね。
大澤:この本は最後の部分で、企業の民主化、クラウドと土地の共有財化、恒久入札転貸制度など、私たちがテクノ封建制から脱却する方法がいくつか提案されています。いずれも興味深く検討に値しますが、必ずしもそのすべてがクラウド領主たちに対抗する手段として有効というわけでもありません。
ただ、その中に「クラウドの反乱」という方法が提案されており、これはクラウド領主に打撃を与えるかもしれません。
従来、資本主義において不満を持つのは労働者でした。労働者が搾取されているという主張で、ストライキのような抵抗が存在しました。
でも、テクノ封建性においては、労働者はそれほど重要ではありません。テクノ農奴たちが重要なのです。だからこそ、テクノ農奴たちの反乱に強い効き目があるのです。つまり我々一般ユーザーによる反乱です。
バルファキス氏はクラウドを逆手にとって、SNSを使った大規模な不買運動的なものを提案しています。私たちはアマゾンから商品を買っているわけではないので、むしろ、クラウド農奴のストライキといったほうがよいかもしれません。
SNSで世界中に、たとえば「1日だけアマゾンを使用しないように」と呼びかける。全員は同調しないかもしれないけども、かなりの人が応じるかもしれません。たった1日でも、利用者が一気に減れば大打撃で、株価が一時的にでも急落するでしょうから、クラウド領主には非常に堪えます。
──この本では、独占禁止法に関してはあまり言及がなく、やや不思議に思いました。
大澤:バルファキス氏があまり独占禁止法に触れていないのは、その方法ではクラウド領主に対して致命傷を与えられないと考えているからだと思います。
ある分野で寡占状態を作り、商品やサービスの価格を吊り上げることを取り締まるのが独占禁止法です。しかし、クラウド領主たちは価格を吊り上げてはいません。独占禁止法は、資本主義を前提にしたときにのみ有効なやり方です。
重要なことは、テクノ封建制というのは、私たちが資本主義は都合が悪いから、それを壊して新しいものにしようと思って行き着いた先ではないということです。資本主義の原理を徹底させていくと、クラウドやAIの時代にはテクノ封建制になってしまうのです。クラウド農奴もクラウド領主たちも資本主義をやっているつもりなのです。
したがって、ここにはアンチノミー(二律背反)があります。
一方で、資本主義にフィットした精神構造があります。その精神構造は強化されてさえいます。その中で私たちはクラウド領主たちを評価していますが、他方では実際には既に資本主義の段階は終わり、テクノ封建制の時代に入っている。だから困ったギャップが生じている。