関門海峡のすぐそばを走る「潮風号」。重厚な青色でレトロモダンなデザインは、この地区にマッチしている

(山﨑 友也:鉄道写真家)

貨物線の休止線路を利用

 日本一速い列車というと、E5系やH5系、E6系を使用し、時速320kmで駆け抜ける新幹線「はやぶさ」や「こまち」だというのは、鉄道好きではなくても知っている人は多いと思う。では日本一遅い列車は? と聞くと、答えに窮する人がほとんどだろう。正解は、「潮風号」。北九州市の門司港レトロ地区を走るトロッコ列車である。

 最高時速は15kmほどで、ときには自転車にも追い抜かれてしまうほどゆっくり走っている。レトロ地区というだけあって周辺には歴史的に価値のある建物や観光施設などが多くあるので、これらを車内から見逃すことなく楽しみ、また関門海峡の潮風を存分に感じることができるように、あえてゆっくりと走っているのかも知れない。

列車に向かって多くの人たちが手を振ってくれるので、乗客らもそれに応える

 潮風号が走っている路線は北九州銀行レトロラインと呼ばれているが、これはネーミングライツによって名づけられた愛称だ。野球場や公共施設では近年ネーミングライツが増えてきているが、路線名を貸し出しているのは非常に珍しい。正式には門司港レトロ観光線といい、九州の筑豊地区を中心に路線を持つ第3セクターの平成筑豊鉄道が運行している。

 さてこの北九州銀行レトロラインだが、その生い立ちが変わっている。1929年に、門司港駅から現在の九州自動車道門司港インターチェンジ北側に位置した門築大久保駅までの貨物線が開業した。その後、田ノ浦港に近い田野浦駅まで延伸され、1960年に門司市(現在は北九州市)が路線を引き継ぎ、田野浦公共臨港鉄道となった。

 国鉄伊田線金田駅(現在は平成筑豊鉄道伊田線金田駅)からセメントや石灰石を積んだ貨物列車が田野浦駅まで運行されていたが、輸送量の減少に伴い2005年に路線は休止されてしまう。

 廃止ではなく休止だったため、線路や信号機などの多くの施設が残っていたのが幸いした。2006年には動力車が牽引するトロッコ列車が、2007年には手こぎのトロッコ車が運転されるなどの賑わいをみせるなか、休止中の線路を利用した本格的な列車の運行も計画されていた。

 それは門司港レトロ地区と関門人道トンネルのある和布刈地区に観光列車を走らせることで両地区の移動が便利で楽しくなるうえ、さらには人道トンネルを利用して山口県の下関まで足を延ばしてもらうことで関門両エリアの魅力を満喫してもらおうというものだった。

途中にある唯一の和布刈トンネル内では、関門海峡に生息する魚たちが天井に浮かび上がる