(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年2月18日付)

ミュンヘン安全保障会議で演説する米国のJ・D・バンス副大統領(2月14日、写真:ロイター/アフロ)

 米国副大統領のJ・D・バンスは先週、ドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議で登壇した時、厳しい警告を発した。

 会議に集まった政治家や外交官を前に、言論の自由と民主主義が欧州のエリートから攻撃されていると語った。

「欧州に関して私が最も懸念している脅威はロシアでも中国でもない。それは欧州の内なる脅威だ」と言い放った。

 もしバンスが聴衆をただ侮辱するのではなく説得したいと思っていたのだとしたら、失敗に終わった。

 実際、この演説は見事に裏目に出て、多くの聴衆は米国そのものが欧州に対する脅威になったと確信した。

 会場の外のホールでの立ち話で、ドイツの著名な政治家は「あれは欧州の民主主義に対する直接的な攻撃だった」と言った。

 ある有力な外交官は「今や明々白々になった、欧州は独りだ」と語った。

 この外交官に米国を敵対国と見なすかどうか尋ねると、「イエス」という答えが返ってきた。

 バンスの演説について筆者が耳にした最もポジティブな評価は、演説は「幼稚なたわ言」だったが、米国の聴衆に向けられたもので、それゆえ欧州は安心して無視できるという見方だった。

西側同盟を支えた概念を覆した演説

 だが、バンスの演説をひも解き、ウクライナと欧州を脇へ追いやりながらロシアのウラジーミル・プーチンと関与することにしたドナルド・トランプの決断の文脈に照らすと、米国の文化戦争と国際安全保障と欧州政治はもはや互いに切り離せなくなったことが明らかになる。

 バンスがやったことは、西側の同盟を80年間にわたって支えてきた自由と民主主義と共通の価値観の概念を根底から覆すことだった。

 バンスの世界では、欧州の自由をかけた戦いはもはや、ハリー・トルーマンやロナルド・レーガンが考えたように独裁的で攻撃的なロシアを抑止することが目的ではない。

 自由のためのバンスの戦いは、イーロン・マスクなどが定義する「西洋文明」を大量移民と「ウォーク・マインド・ウイルス(意識高い系の覚醒思想ウイルス)」の双子の脅威から救うための戦いだ。

 トランプ政権のイデオロギーは、重要な面において政権が今、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーよりプーチンに親近感を覚えることを意味する。

 プーチンは自国と保守的な価値観のために戦っている戦士と見なされる一方、ゼレンスキーは欧州で筋の悪い友人ばかりを持つタカリ屋として一蹴される。