彌之助夫人の早苗が収集した?

展示されている役者絵は、幕末から明治にかけての名だたる絵師によるもの。歌川国貞(三代豊国)、歌川国芳、落合芳幾、二代歌川国貞、そして本展のタイトルにもうたわれている豊原国周。描かれた役者も多彩な顔触れで、三世中村歌右衛門、五世坂東彦三郎、五世尾上菊五郎、四世中村芝翫……と、幕末明治の人気者がずらり。
これらの役者絵は岩崎彌之助・小彌太によって築かれた静嘉堂コレクションに収められているもの。だが実際に役者絵を集め、錦絵帖として編集したのは「彌之助の妻、早苗夫人ではないか」と本展の担当学芸員・吉田恵理氏は指摘する。

早苗夫人は徳川慶喜に大政奉還を説き、維新後は新政府の要職に就いた後藤象二郎の長女。明治7年に岩崎彌之助に嫁いでいる。フランス語を学ぶなど西洋に強い関心を示す一方で、和歌や長唄を習得。観劇に足繁く通うなど、彌之助同様に趣味が広い。
「錦絵帖には編集した人の個性が表れます。静嘉堂の錦絵帖は同じ舞台に出演した役者を絵師が異なるのに隣同士に並べたり、五世尾上菊五郎が描かれた作品を巻末にまとめたり、そんな独特な偏りがあります。もしかしたら早苗夫人は菊五郎贔屓で、観劇の記念に錦絵を購入していたのではないかと想像したくなります」(吉田恵理氏)
必見!「梅幸百種」

確かに、展示されている役者絵には五世尾上菊五郎を題材にしたものが多い。特に役者・五世尾上菊五郎×絵師・豊原国周×版元・具足屋(福田熊次郎)の組み合わせによる錦絵が目に付く。絶大な人気を誇る役者と、「役者絵の国周」「明治の写楽」と呼ばれるなど名声をほしいままにした絵師と、技術力に定評のある版元。3者の力が結集した錦絵はリアルな躍動感にあふれ、芝居を生で見ているかのようにハラハラと胸が高鳴ってくる。早苗夫人が夢中で集めたとしても不思議はない。
この3者による集大成が「梅幸百種(ばいこうひゃくしゅ)」。五世尾上菊五郎の舞台姿とコマ絵に俳句などを描いた大判100枚の揃物で、明治26~27年に2年間をかけて制作された。早苗夫人が愛玩した静嘉堂所蔵の「梅幸百種」は目録付きで、一冊の錦絵帖の表裏に100図すべてが貼り込まれている。
この「梅幸百種」、見れば見るほど細かな技巧に驚かされる。着物の布地の表現には空摺(墨線の部分を、凸状ではなく凹状に彫り込んだ版を作り、絵の具はのせずに強い圧力をかけて摺る)、布目摺(色版となる部分に布を張りつけ、その上から圧力をかけて布目の効果を出す)、きめだし(深く彫り込んだ版の上に色摺りが終わった版画をのせ、圧力をかけて画面に凹凸を出す)といった“技”を駆使。人物が浮かび上がってくるような立体感が醸し出されている。
まさに役者絵の最高峰。「梅幸百種」をとくとご覧あれ。
「豊原国周生誕190年 歌舞伎を描く―秘蔵の浮世絵初公開!」
会期:開催中~2025年3月23日(日)前期:〜2月24日(月・振休) 後期:2月26日(水)〜3月23日(水)
会場:静嘉堂@丸の内
開館時間:10:00~17:00(毎週土曜日は〜18:00、2月19日(水)、3月19日(水)、21日(金)は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、2月25日(火)(2月10日(月)、24日(月・振休)は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)