今も進化し続ける、御歳80歳の職人芸

 この超絶作画を手がけている池上遼一は、なんと御歳80歳。1962年デビューなので、画業は実に60年以上。その間、ほぼ休みなく描き続けているという、驚愕すべきキャリアである。

 さらに信じがたいことに、池上の絵は、現在進行形で進化しているのである。『トリリオンゲーム』では、これまでの池上作品にはなかった表現に果敢に挑戦しているのだ。その違いは往年の代表作『クライング フリーマン』(小学館)などと読み比べて実感してほしい。

 そう、本作最大の見どころとは、ズバリ「絵」なのだ。

 おそらく初見の読者が面食らうのはその作画の「豊かすぎる表情」と「狂気」であろう。シリアスな描写は古風でリアルな劇画タッチで、コミカルな描写は今風のデフォルメで描かれているのだが、その表現の幅が尋常ではない。ここまで振り幅があると作品に異様なアンバランスをもたらすのだが、却ってそこがスリリングで良いのだ。

 さらに注目したいのは、池上作品特有の「微妙に焦点があっていない目」だ。瞳孔やハイライトの位置がほんの少しだけズレているのだ。作品全体から醸し出される「狂気」はこのアンバランスと目によって生み出されている。まさに職人芸である。

 池上は、多くの巨匠を輩出した『劇画村塾』の首領、小池一夫とも数多くの仕事をしているが、こちらも相性抜群である。小池独特のセリフ回しと、池上の作画は、作品にきわめて高い緊張感を生み出す。そのあまりのテンションの高さゆえ、逆に思わず吹き出してしまう描写も数知れず。そんな池上の画風を真似て描かれたギャグ漫画『魁!!クロマティ高校』(野中英次・講談社)も現れたほどである。パロディーとは最大の賛辞でもあることの好例といえる。

『魁!!クロマティ高校(1)黎明編」(少年マガジンコミックス)野中英次 講談社

 最強のストーリーテラーと、熟練の職人の手による『トリリオンゲーム』。極上のエンターテインメントは、このコンビによる強力な相乗効果で成り立っている。本作が読者に与えてくれるのは、あたかも四輪駆動のモンスターマシンが、障害物を押し潰しながら進んでいくような爽快感だ。

 そしてこの大ヒット作の立役者が、後期高齢者であるという事実は、いくら強調してもしすぎることはないだろう。これは超高齢社会の現代日本において、「現役の挑戦者」であり続けることの尊さを物語っている。このことは多くの働く中高年の鑑として映るはずだ。アニメや映画も必見だが、まずはこの絵で本作を堪能していただきたい。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)