ルノー・日産と関係の薄いゲストがほとんど
その後の数日間、このパーティーはフランスでも日本でもいっさい報じられなかった。唯一、レバノンのフランス語新聞に掲載された記事がその催しについて伝えた。
「ヴェルサイユの自動車王」と題されたその記事は、「カルロス・ゴーンのルノーと日産を祝う夜」について、宮殿の入り口でゲストを迎える矛槍兵(むそうへい)、アラン・デュカスが振る舞うディナー、その晩のクライマックスである見事な花火などをきらびやかな言葉で表現した。その日曜の招待客にはシェリー・ブレアと複数のアメリカ上院議員もいたが、「レバノンの友人も大勢いた」と記事は伝えた。
記事はその友人たちの名前を30人以上挙げ、そのなかにはゴーンがかなりの額の株を保有している銀行のCEOであるマリオ・サラダーもいた。ゴーンとワイン事業を共同経営するエティエンヌ・デバンの名前もあった。
また、ベイルートにあるセント・ジョセフ大学の学長であるサリム・ダカシュ神父も出席していて、その大学には翌年に「カルロス・ゴーン経済・医学図書館」が開設される予定だった。キャロルの子供であるダニエル、アンソニー、タラ、両親のグレタ・マラスとアルファン・マラス、そして兄のアランも出席していたが名前は報じられなかった。
実際、結局その晩はうわべにビジネス色を添えた誕生日会のようなものだった。ゲストのほとんどはアライアンスと漠然としたつながりしかなかった。多くはゴーンと親交あるいは仕事上の近しい付き合いがある人々で、他はゴーンとキャロルの親族だった。キャロルはゴーンのためにハッピーバースデーの曲を流すことさえ提案したが、さすがにその案は流れた。