タリバンとHTSの違い

 今回、かつて「アルカイダ傘下組織」を名乗ったHTSが主導権を握ったことで、「アフガニスタンのようになるのでは?」と危惧する声もある。2021年にタリバンがアフガニスタンを制圧した際、当初は女性の権利保護などのソフト路線を語っていたのに、後に従来の抑圧路線に戻ったため、今回のHTSも「最初はソフトなことを言うが、後に抑圧的に変身するのでは?」との懸念である。

 しかし、タリバンとHTSでは事情がまったく違う。タリバンで当初、ソフト路線を打ち出していたのは、もともとカタールを拠点に活動していた渉外担当の幹部たちで、タリバンの実権を掌握していない。実権はカンダハルのイスラム指導者や各地の部族軍閥で、彼らは従来のイスラム強硬派だ。掌返しではなく、内部の力関係による方針転換ということである。

 その点、HTSを中心とする新生シリアの場合、穏健路線を主導するシャラアのグループの指導力が現時点では圧倒的だ。そこがタリバンとはまったく事情が違う。

 これだけ表に出て穏健方針を明言しているシャラアたちが掌を返してタリバン化することは、神の教えに従っていると強烈に自任しているアラブ世界のイスラム系ゲリラに共通するシンプルでストレートな特徴からして、ほぼ考えられない。筆者は世界のイスラム系武装組織の系譜を調査して本にまとめたことがあるが、テロ目的の潜入のための外見上の偽装程度はともかく、世界を騙すために信念を偽装したイスラム系組織は過去に例がない。

 だが、今後、さまざまな勢力が声を上げる中で、シャラアたちが暴発する勢力を抑えられない局面が出てくる可能性はあるので、そちらの方が懸念材料と言える。

 ただし現状では、長年のアサド独裁から解放された自由の喜びがシリア国民を包んでおり、HTSは解放軍として英雄扱いされている。その国民の熱意が、偏狭な教条主義的な声を完全に封じていると言っていいだろう。

 そして、シャラアとHTSの新政府移行は、奇跡的にうまく進行している。今後も彼らが主導し続けるなら、民主的政権移行への軟着陸は大いに期待できる。

 12月19日、BBCのインタビューを受けたシャラアは、記者の「新政権のシリアでは(イスラム教徒の禁忌である)お酒は飲めるのか?」との問いにこう答えた。

「法律のことは、専門家たちが検討して決めることになります。私にはもちろん権限がありません」

 パーフェクトな回答と言っていいだろう。