「国家総動員」のカードを切ればプーチン政権は瓦解する
第3の「なぜ、国家総動員を発令して一気につぶさないのか」だが、この“伝家の宝刀”を抜くと、「特別軍事作戦」と強弁してきたウクライナ侵略をプーチン氏自身が「戦争行為」と認めてしまう格好になりかねない。最悪の場合プーチン政権自体が瓦解する可能性もある。
「国家総動員」の発令についてロシア憲法では、あくまでも「外国の侵略を受けた場合に限る」と規定。また発令により初めて国全体が“戦争”体制に移行できるとする。
国家総動員の発令は大統領の専権事項で、議会承認も必要だが今の議会はプーチン氏の“御用組合”的存在で反対するはずがない。可決すれば大統領は「非常事態」や「戦争状態」を宣言し、徴兵による大動員や戦争経済への移行など国全体を“戦争マシーン”に変貌させることとなる。
だがプーチン氏はそもそもウクライナ本土への侵略にあたり、「国連憲章第7章51条」というカードを切った。第7章には「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」が規定され、51条に集団的自衛権の権利がうたわれている。
当初プーチン氏は、ウクライナから一方的に分離独立した親ロ派のドネツク、ルガンスク両人民共和国と早々に「友好協力相互支援条約」という軍事条約を締結。間髪を入れず「ウクライナの攻撃に苦しむ両共和国の支援要請を受け、集団的自衛権を行使する」との理屈で、ウクライナ本土への侵略を実行した。
だが、「戦争」と表現すると違憲の恐れが生じる。あくまでも外国から侵略を受けなければ国家総動員は発令できず、「戦争」を宣言できないのが大原則で、いかに曲解しても今回はこれに該当しない。
また「戦争」となれば、国家総動員体制への移行はほぼ確定で、一度この歯車が動き出すと途中で中止することがかなり難しくなる。国全体が戦争遂行に集中し、国民の負担や犠牲も多大となり、もちろん兵役適合者は根こそぎ徴兵となる。
この状況下で総動員を中途半端な判断で中断した場合、多大な犠牲を強いられた国民が「そもそも発令する必要があったのか」と不満を爆発させ、これがもとでプーチン政権は崩壊しかねない。
また国家総動員の発令は、対立状態のNATO側に「ロシアはわれわれと全面戦争に打って出る気だ」との誤ったメッセージを送る結果になり、“第三次大戦”にエスカレートする危険性もはらむ。さすがのプーチン氏もこれを案じたに違いない。
それ以前に、貧弱なウクライナ軍相手なら、全ロシア軍約90万人(侵略直前の2022年初め当時)の2割弱、陸軍(約30万人)の半分も投入すれば、3日で首都キーウを攻略して親ソ政権を樹立。数カ月後にはウクライナ全土を制圧できるとプーチン政権は楽観視したのだろう。
「国家総動員」「戦争」といった大げさな立て付けは無用で、国内的にも対外的にもソフトな表現の「特別軍事作戦」でお茶を濁すのが得策だと考えたのではなかろうか。
「逆侵攻されたら、憲法の規定通り国家総動員を発令し、特別軍事作戦も戦争に格上げ可能では?」との声も聞かれるが、それは相当難しい。
ロシアがウクライナ侵略など行わず、逆にウクライナ軍が越境攻撃すれば、プーチン氏は迷うことなく国家総動員を発令しただろう。「戦争」を宣言して全軍出撃で侵攻部隊を撃退、さらにウクライナ領内に“逆侵攻”したはずだ。
だが当初、特別軍事作戦でウクライナを制圧できると踏みながら、いざ始まれば“戦争”は3年目に突入、犠牲者も多大で最近は首都モスクワにまでドローン攻撃が及ぶ始末だ。こうした状況の中で、プーチン氏が仮に国家総動員を発令し、特別軍事作戦を「戦争」に格上げしたら、今度は特別軍事作戦で事足りるとした判断ミスの責任を問われかねない。
強大な官僚主義国家・ロシアにとって、「官僚の無謬性」(官僚の判断や理論に間違いはないとする考え方)は絶対で、さらに性格上、自らの政策の非を認めるなどプライドが許さないはず。何が何でも「特別軍事作戦」で押し切るしかないのだろう。