千葉ロッテが起こした「革命」
そこに新たな風を吹き込んだのが、千葉ロッテマリーンズだった。前述のように、1991年、千葉マリンスタジアムに移転したころは、周辺住民でさえ行きたがらないような球団だったが、1995年から監督に就任したボビー・バレンタインは、チームの強化だけでなくMLB流のファンサービスの導入にも尽力した。
ユニフォームをシャープなデザインのものに一新した。またファンの応援を、高校野球の応援のような「鳴り物中心」から、サッカーのような手拍子、掛け声のスタイルに変えたのもこのころからだ。
1998年、ロッテはNPB記録の18連敗を記録した。昔のファンであれば、モノを投げ込んだり、罵声怒声を浴びせかけたり、ファンはチームを激しく非難しただろうが、この時のロッテファンはチームを励まし続けた。「マリーンズ、俺たちがついている」という横断幕は、全国に深い感銘を与えた。
この時期から、プロ野球のファンは変貌し始めたと言ってよい。
2004年の「球界再編」を機に、千葉ロッテはファンサービスの抜本的な改革に取り組んだ。
当時の事業部門の責任者は筆者に、
「目標としたのは、新規顧客の獲得とそのリピーター化でした。そのために二つのコンテンツを用意しました。
一つは、野球にあまり関心がない人に球場に来てもらうためのコンテンツ。例えば有名歌手のミニコンサートだとか、地方の物産展だとか、内容は野球でなくてもいいんです。むしろ野球から離れた方がいい、そういうイベントで野球に関係のないお客に来てもらう。
そして二つ目はそうして来た、あまり野球に関心がないお客を野球ファン、リピーターにするためのコンテンツ。千葉ロッテの場合、それが『応援団』だったのです。あの情熱的な応援を見聞きしたお客が、私たちもああいう応援をしたい、と思ってファンクラブに入る。そういう形で顧客を増やしたのです」
と語った。