権威国家ロシアと対峙する日本にとっても参考になる中身

【項目8】は「自宅での備え」について。最低1週間自力で生活できる備えをすることが、結局は社会全体の備えに貢献すると説明。具体的に水、暖房、通信手段、食糧、現金、トイレなどに関するチェックリストを掲載している。

スウェーデン政府は一人一人が最低1週間自力で生き残るだけの食料備蓄を奨励スウェーデン政府は一人一人が最低1週間自力で生き残るだけの食料備蓄を奨励(写真:MSB Facebookより)

 注目は「暖房」の項目だ。スウェーデンは国土の相当部分が北極圏内のため、冬季はマイナス20℃以下もざらの風土。防寒を怠れば死に直結する。

 そのため、床に敷くカーペットや暖かい全天候型の屋外用衣類(ヤッケ、防寒ブルゾンなど)、ウール製衣服、厚手の靴下、ニット帽、マフラー、手袋など防寒対策については特に事細かく注意している。

スウェーデン軍とフィンランド軍冬期合同演習に臨むスウェーデン軍(右)と、鹿の子まだらの迷彩服をまとったフィンランド軍。中立国時代から事実上の同盟関係にあり、共にNATO加盟を果たした(写真:スウェーデン軍サイトより)

「食料」の項目では「満腹感があり、カロリー豊富で、室温保存が利く」食品の備蓄を推奨している。

 このあたりは日本での防災用備蓄食料の選択基準と大差ないが、追加ポイントとして庭やバルコニー、窓辺で食べられる植物の栽培を検討すべきとする点が特徴的だ。戦国時代に築城の際、武将たちは籠城を想定し、城内に松(松の実)や梅、柑橘類など実がなる樹木を欠かさず植えたが、まさに同じ発想と言える。

【項目10】の「民間防衛シェルター」では、冒頭に「特定の人に割り当てられているわけでなく、最寄りのシェルターに避難」と強調。全シェルターの詳細な位置も専用Webサイトから確認できるという。

 その後は「心理的防衛」「テロ攻撃」「止血方法」や「気象現象」などの項目が続くが、ユニークなのが【項目18】で「ペットがいる場合」をわざわざ設けている点だ。

 飼い主はたとえ戦争の際にもペットのケアと健康を確保する責任があり、最低1週間分の餌と水を用意すべきと規定している。

 空襲の時にはペットを地下室やガレージ、地下鉄の駅などの「保護施設」に連れて行くことが可能だと説明している。スウェーデンではこうした避難場所には、かなりの確率でペットの保護施設も用意されていることを意味しているのだろう。

 このほか、マニュアルには自分が不安に陥ったときの対処法や、怯える子供への接し方など多岐にわたり書かれており、国が一丸となって侵略に対処しようとする意気込みが伝わってくる。

 英国戦略研究所(IISS)発行の『ミリタリーバランス』によれば、スウェーデンの兵力は冷戦終結直後の1991年で現役兵力約6.3万人(うち徴兵4.7万人)、予備役は70.9万人を誇り、この数字が抑止力となっていたと言ってもいい。

 だが、やがて徴兵や予備役が大幅に緩和された結果、2023年には現役約1.5万人と志願制の補助組織約2.15万人まで落ち込んでしまっている。

スウェーデン陸軍の兵士少数精鋭を誇るスウェーデン陸軍の兵力は8000人、軍全体でも約1.5万人に過ぎない。ロシアの脅威に伴い国防力の強化を急速に進めている(写真:スウェーデン軍サイトより)

 このためスウェーデンは男女問わず健常な18歳以上の国民を対象に徴兵制を復活させた。兵役期間は基本11カ月で、毎年約1.3万人が召集を受け、実際はこの中から8000人ほどを新兵として迎え入れるという。

 スウェーデンが改訂した「戦争対応マニュアル」は、侵略を意に介さず、核兵器をちらつかせて恫喝する権威国家ロシアと対峙する日本にとっても、大いに参考になる内容ではないだろうか。

「緊急時の備え」冊子を全世帯に配布したスウェーデン「緊急時の備え」冊子を全世帯に配布したスウェーデン(写真:AP/アフロ)

【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。