NHK紅白歌合戦の司会者も務めた古舘伊知郎さん。左はコンビを組んだ上沼恵美子さん(写真:共同通信社)

試験、面接、プレゼンテーション…、私たちが生きていく中では、規模や重要度はさまざまだが、「準備」が必要なことの連続だ。よほどの自信と実力があれば別だが、成功の確率を考えると、「ぶっつけ本番」で挑むのは怖いことが多い。ではどんな考え方で準備に臨めばいいのか? そのヒントになるのが、フリーアナウンサーの古舘伊知郎氏がまとめた新著『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社/順文社)だ。

(東野 望:フリーライター)

「最悪の本番」を経験するための準備

「音速の貴公子 アイルトン・セナ」「一人民族大移動 アンドレ・ザ・ジャイアント」…

 アナウンサーとして、プロレス実況、F1実況、司会、報道番組のキャスターなど、多種多様な現場の最前線で長年活躍し続けてきた古舘伊知郎氏。「古舘節」とも称される独特な言い回しや言葉のセンスで、テレビ業界を代表する一人となった。

 アナウンサー、キャスターとして予定外の出来事に対して臨機応変な対応が求められる仕事を数多くこなしてきたが、それを支えてきたのは実は「準備」だった。キャリアを積み重ねる中で「準備」について独自の方法論を編み出してきたのだ。

 古舘氏曰く、準備の本質とは、準備をする過程で「最悪の本番」を経験できることだという。

「準備は本番、本番は準備」なのである。最悪の本番を経験すると、現実の本番は必ずやそれより上向く。

「絶対成功させたい本番」のために「失敗ばかりの本番」を繰り返す意識こそが、準備の時間をより有意義なものにしてくれるということだ。

一点突破型の準備が難所を切り抜ける力になる

 古舘氏は、準備の段階でコスパや時間短縮といったことに重点を置かない。泥臭く、地道な姿勢を貫いている。

 しかし、あらゆる事柄に対し対応できるようまんべんなく準備するわけでもない。古舘氏が心掛ける準備はむしろ、特定のポイントにとにかくこだわった一点突破型である。

まんべんなく準備をしようと思うと、むしろ無自覚なまま、コスパ・タイパを追求する罠に陥ってしまう。

一方、一定の基礎知識を身につけたうえで、「ここ」と自分自身が見定めたポイントを徹底的に追求する準備は強い。入り口こそ狭くても、そこから一気に打開できる可能性がある。

 その具体例を古舘氏は挙げている。

 F1レースを実況していたとき、古舘氏はF1に関する知識だけでなく、コースを走るメーカーごとの各マシンカラーと、ドライバーが被るヘルメットの色を組み合わせて暗記した。展開の早いF1中継の現場で、放送画面に映るテロップよりも先に自身の言葉で的確な状況説明ができるようになるためだ。

 念入りにこの準備をしていたことで、実況の質が格段に高まったと本人は語る。

もしかしたら、こだわっているのは自分だけかもしれない。そんなニッチなポイントであっても、とにかく、そこに一点集中して準備を進める。そうすることで一点突破、大きく道が拓けることもあるのだ。