アイジと潤、前衛的なツインギター

 ロックバンドにおけるツインギターといえば、リードギターとリズムギターという役割が分担されているか、もしくは上下のメロディに分かれて美しいハモリを聴かせていく、そのどちらかがほとんどであった。そんな既成概念を破ったのが、LUNA SEAだった。2人がまったく異なるスタイルで、まったく異なるフレーズを弾きながらひとつの楽曲を作り上げていく。PIERROTはそのLUNA SEAをさらに進化させた、前衛的なツインギタースタイルを持っていたのである。

 ハードロックギター的にいえば、“ミッドが濡れた音”という表現をするが、ミッドレンジ(中音域)に特徴を持った音色でリードを弾くアイジ。ロックギターに多く使用されるペンタトニック・スケールをあまり使用せず、親しみやすく口ずさみやすいギターソロを奏でる。時には、スケールアウトしたような音使いや不協和音を多用した不気味なフレーズを奏でることも多い。

 そして、PIERROTのツインギターを前衛的なものに、PIERROTの音楽を奇抜なものにしているのが潤のギターだ。アイジのリードフレーズに対し、アルペジオなどで楽曲の音世界を広げたりもするが、潤の特徴といえばギターシンセを多用することだ。普通のバンドあれば、シーケンスや打ち込みで補うパートをすべてギターで奏でる。

 このシーンにおけるギターシンセといえば、BUCK-TICKの今井寿が飛び道具的に、DIE IN CRIESの室姫深はエフェクト的な味付けとして、MALICE MIZERのManaは弦楽器のパートを奏でるなど、部分的な効果としての使い方をしていた。しかしながら、潤はギターシンセがメインと言わんばかりの頻度で大胆に使用している。

「鬼と桜」(1997年)

 先述の「脳内モルヒネ」のイントロの尺八や、「鬼と桜」の壮麗なストリングス、「ハルカ・・・」のサビのバックで奏でられるハーモナイザーのような民族楽器風の音色からシタール、間奏の鐘のようなものまで、すべてギターで鳴らされている。楽曲を構成する大きな要素として、ギターシンセを用いた。

「ハルカ・・・」(1999年)

 ギターシンセは当時、信号処理速度により発音自体の遅れや、ワイヤレスが使用できないなど、システム自体を要因としたマイナス点も多々あったが、潤はそうした機材面の問題においても、ギタリストとして真っ向から挑んでいたのである。

 そして、ギターシンセ以外の部分でのツインギタースタイルも特徴的だ。

「-CREATURE-」(1999年)

「満月に照らされた最後の言葉」(1996年)や「-CREATURE-」(1999年)のイントロなど、2本のギターが綿密に絡み合いながらひとつのフレーズを構築していくのもPIERROTならでは。フレーズ、リズム、音色、すべてにおいて2本のギターが被っているところがない。しかしながら、その2本のギターが合わさることによって、ツインギターのアンサンブルが完成する。

「満月に照らされた最後の言葉」(2003 ver.)

 このアイジと潤によるツインギターのスタイルは、後続のバンドにも多大な影響を与えている。BAROQUE(baroque)やメリーなど、その影響下を感じさせるバンドも多くおり、ヴィジュアル系バンドならではのツインギタースタイルとして確立されていった。

 そんな複雑なギターの絡みのあいだをくぐり抜けるようなKOHTAのベースラインもシンプルながら躍動感があり、フィルの華やかさや電子パッドを多用したTAKEOのドラムもPIERROT楽曲の独自性を彩っている。

 王道的な8ビートはほとんどなく、変拍子のリズムが多いことも特徴的だ。

「自殺の理由」の3拍子から4拍子、そしてまた3拍子へと変わる展開は言うまでもなく、比較的ストレートに聴こえるナンバーでも変わったことをやっている場合も多い。

「クリア・スカイ」(1998年)

「クリア・スカイ」(1998年)の引っかかるようなスネアさばきや、「神経がワレル暑い夜」(2000年)の疾走感をスキップで駆け抜けていくような、一筋縄でいかない変態的なビートの作り方が印象的である。

「神経がワレル暑い夜」(2000年)

 2006年の解散から8年、2014年に新宿アルタビジョンで『DICTATORS CIRCUS FINAL』の開催を発表するなど、SNSでのプロモーションへと移りゆく時代のなか、90年代当時の熱を再現するかのごとく再結集を果たしたことも彼ららしいところだった。

 その後は、かつて人気を二分したDIR EN GREYとの対バンイベント『ANDROGYNOS』を2017年に開催。近くも遠い間柄であった両バンドの共演に、シーンは騒然となった。そんな『ANDROGYNOS』が再び10月11日、12日に代々木第一体育館で開催されるというのだから、また新たな伝説が生まれることは間違いないだろう。